NHK・稲葉延雄会長新年特別インタビュー

NHKの役割はより一層重要性を増す

 2024年5月、改正放送法が可決・成立した。NHKの放送番組が社会生活に必要不可欠な情報として、テレビを持たない人にも継続的かつ安定的に提供される必要があるとして、インターネットを通じたテレビ・ラジオの番組の同時配信と見逃し・聴き逃し配信、それに番組関連情報の配信を必須業務とするもの。
電波による放送を主な業務としてきたNHKにとってはまさに「歴史的な転換点」となった。今年10月のサービス開始に向けて様々な準備を進めている。
 新年特別号では、NHK・稲葉延雄会長にこの1年間を振り返ってもらうとともに、改正放送法についてインターネット活用に関する考えと施行に向けた準備、今年100年を迎える放送の役割と位置づけ、昨年10月に公表された経営計画の修正(案)のポイント、放送の二元体制などについて聞いた。

 ――この1年を振り返っていただき、特に心に残った出来事には何がありますか。
 稲葉 7月に3年間の会長の任期を折り返し、いわば後半戦に入りましたが、この1年間も本当にさまざまなことがあったので、前年以上に時が過ぎるのが早く感じられました。そうした中で印象に残っているのは、やはりインターネットを通じた番組などの提供をNHKの必須業務にすることを盛り込んだ、改正放送法が5月に国会で可決・成立したことです。これまで放送を主な業務としてきたNHKにとって、「歴史的な転換点」とも言えるタイミングに会長として立ち会うことができたのは感慨深いものがありました。この件に長い間取り組んできた職員が改正法の成立をとても喜んでいたので、なおさらそう感じました。
 NHKがインターネットの世界に本格的に出ていくことで、アテンション・エコノミーに支配され、偏りや歪みが出てしまっているネットの情報空間をしっかり是正していく。NHKの正確で信頼できる情報をネットにどんどん提供していくことで、放送で培ってきた公共的な価値をネットの世界でも発揮していきたいと心から思っています。こうした考えは、10月にカナダの首都オタワで開かれたPBI・国際公共放送会議の場でも、各国の公共放送局のトップに直接訴えてきました。今年10月のサービス開始に向けて、さまざまな検討や準備を急いでいるところですが、視聴者・国民に喜んでいただけるよう万全を期したいと思います。
 また自分として、良い仕事ができたと自負しているのは、23年ぶりとなる職員の給与ベアを実現したことです。実現にあたっては、単に処遇改善するというのではなく、職員一人ひとりが生産性を一層向上させていくことで、その結果得られる成果をいわば先取りする形で、先行的に還元するという考え方で実施しました。本当に知恵を絞って編み出した方法でしたので、画期的な取り組みになったと感じています。ただ、この件で外部の方から褒めていただいたことがあまりないのは、正直なところ少し残念に思っています。他社の方々にも、ぜひ参考にしていただければと思います。
 ――2024年も地震や豪雨など多くの災害が発生しました。防災減災報道の取り組みなどについてお聞かせください。
 稲葉 残念ながら昨年も多くの災害が発生しましたが、視聴者・国民の命と暮らしを守るため、NHKとして全力で対応しました。
 元日の能登半島地震で大津波警報が発表された際には、アナウンサーが「今すぐ逃げること」などと、強い口調で迅速な避難を呼びかけました。東日本大震災の教訓を踏まえて、アナウンサーを中心に長い間検討を続けてきたことの実践でしたが、NHK放送文化研究所が実施した調査では、この呼びかけを9割以上の人が肯定的に受け止めていて、一定の効果があったと考えています。
 また、インターネットでの情報提供にも力を入れました。地図上に避難所や給水所などの情報を表示した「災害情報マップ」や、孤立している地域をプロットした「孤立情報マップ」を公開したところ、視聴者から「NHKの情報で家族を救助してもらった」と感謝の声を寄せていただきました。
 8月には「南海トラフ地震臨時情報」が初めて発表され、NHKではこの情報の意味合いや対処方法など、関連情報を丁寧にお伝えしました。とは言え、この情報が出ている間どう過ごせばいいのか、多くの人が戸惑われたと思います。私たちも試行錯誤しながらの対応となりましたが、国や自治体も事前の検討や準備が必ずしも十分だったとは言えず、今後に課題を残したと思います。南海トラフ巨大地震は、今後30年以内に70%から80%の確率で発生するとされていますので、次の臨時情報が出た場合に、視聴者・国民にどのような情報を提供していくべきか検討を進めています。
 ただ、それと同時に、日本はこれまで数多くの災害に見舞われてきた中で、そのたびに力強く復旧・復興を遂げて今日に至っています。私としては、そうした人々の姿を伝えることで、必要以上に悲観的になることはないといったメッセージも合わせて発信できないかと考えているところです。
(全文は1月3日号6・7面に掲載)

この記事を書いた記者

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成澤誠
放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。