シスコシステムズ 下川洋平氏スペシャルインタビュー「将来像やビジョンを明確に描くことが必要]
シスコシステムズ(Cisco Systems)は、ネットワーク分野で世界的リーダーであり、ルータやスイッチなど多様な製品に加え、様々なソリューションを提供している。2020年会計年度売上高は493億ドルに達し、IT業界の巨人と言える存在だ。 しかし、成長のスピードや規模だけでなく、フォーチュン誌の「世界で最も働きがいのある会社」においてシスコは2年連続で第1位に選出されるなど、その企業文化でも多くの注目を集めている。同社では「すべての人にとってインクルーシブな未来をもたらす」を目標に掲げるとともに、持続可能な開発目標(SDGs)の実現への貢献にも取り組んでいる。 また、あまり知られていないことだが、シスコは放送局へ各種関連機器を多数納入しており、近年のIP化の流れに伴い、その存在感を増している。 今回、同社 データセンターネットワーク開発部 プロダクトマネージャーの下川洋平氏に、放送機器事業の現状、日本市場での様々な取り組み、他の放送機器メーカーとの連携、今後の展開などについて聞いた。 ◇ ――シスコにおける放送機器事業の取り組みの経緯と、日本市場の位置づけを教えてください 下川 放送機器事業はIP化の流れの中で、特にSDIの置き換えを中心に取り組んできました。 私自身は日本だけでなく、データセンターネットワーク事業のアジア全域の戦略を考える立場なのですが、アジアの中では日本がやはり市場的にも最も大きいので、まず日本市場からテコ入れではないですが、着手することにしました。 日本は欧米と比較して、IP化の進捗がかなり遅れているように感じます。私がシスコに所属しているためそのような発言すると思われるかもしれませんが、それは違います。実際に遅れており、さらにその進み方も非常に遅いです。IP化に取り組んでいる局もありますが、ごく少数で、全体としてはまだまだこれからです。 また、もう一つ問題なのが、日本におけるIP化は、何と言うか“日本オリジナル”的な要素が多く、我々のようなITの専門家からすると、「それはIP化とは言えないのでは?」というケースも少なくありません。 ――何年前から放送機器への取り組みを強化されたのですか? 下川 5~6年前からだと思います。これもIP化の流れが影響しています。しかし、IP化の流れに加え、100GbEなど高速インターフェースの規格が実際の市場に浸透してきたのが5~6年前でした。これにより、例えば4K映像を非圧縮で伝送できるようになりました。もちろん、高速インターフェースの規格は10年以上前に規格化されていましたが、価格や技術など普及し始めたのが5~6年前となります。 ――放送業界向けの主な製品にはどのようなものがありますか? 下川 スイッチの「Nexus 9000シリーズ」がメインとなります。Nexus 9000シリーズは、データセンター向けスイッチで、そのパフォーマンスや拡張性、高セキュリティ性やTCOの削減が高く評価されて、世界中のデータセンターで使用されています。また、日本において、前述したメリットに加え、サポート力や日本語ドキュメントの豊富さなどが非常に評価されています。 ――スイッチはそのまま放送業界で使用できるのでしょうか 下川 実際にはそのまま使用することは難しいです。ITの世界、特にYouTubeなど動画配信を想定していただけるとわかりやすいと思います。動画配信は通常、私たちが見ている放送とクオリティが全然違います。見ている側が、いつ止まっても、画質が乱れても、そのようなものだと思っているため特に問題にはなりません。しかし、放送だとそうはいきません。求められるクオリティと、実際の技術のギャップがあり、そのため放送のライブ中継にIPをそのままは使えないという根本的な問題がありました。 IP化では、動画配信レベルではなく、放送に使用できるように、トラフィックを落とさないことが必須となります、トラフィックが落ちると画質も落ちてしまうためです。また、セキュリティや運用などもIP化の大きな障害となっていました。 このような放送の特殊性から、我々の装置(スイッチ)をそのまま使うことができなかったので、放送専用機能を開発することにしました。 ――放送専用機能はどのようなものですか 下川 最大の特徴は、データロスを防ぐ事ができるため高い品質のネットワークを作ることができる点にあります。また、映像や音声・メタなど重畳されたデータであっても可視化ができるため常に放送の状態を確認でき、問題にも迅速に対応できます。 さらに、自動でネットワークを設定する機能があるため、不慣れな人でも簡単にネットワークを作ることができることに加え、意図しない端末の接続やフロー(映像、音声、メタ)を拒否できるので、高いセキュリティを担保することができます。この他ビデオ・音声・メタの粒度でデータ量を制限や問題の追跡が可能なため、高い品質のネットワークを担保できるなどがあります。 これらが高く評価され、多数のスイッチを放送局に納入しており、インストールベースでは圧倒的なシェアを有していると思っています。 ――日本市場の販売は順調だったのでしょうか 下川 色々な難しさがあり、結構苦戦しました(笑)。放送事業者は我々にとってお付き合いが少なく、特別チャネルは有りませんでした。このため、営業部隊も放送局に知り合いも無く、コネもなかったので、四苦八苦していました。また日本の放送業界特有の文化や商流などで苦労することもあります。もちろん尊重しますが、ITの立場で考えると合理性に欠ける選択をされる場面を何度か経験しており、残念に思うこともあります。 このため、製品を作ったはいいが、売り先が分からないなど、なかなかうまくいかない状態が続きました。現在は状況が変わり、マーケティングも本格的に開始しましたが、もう少し早くやるべきだったかもしれません。 ――日本において他の放送機器メーカーと積極的に連携していますね? 下川 パナソニック/ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ(ソニー)/セイコーソリューションズなどと連携しています。各放送メーカーとの接続検証を定期的に行っている他、緊密に連絡を取り合っており、お客様の問題などに迅速に対応できるよう体制を構築しています。 また、これらメーカーと共同でIP化に関するセミナーも行ってきました。今はこのような状況のため、オンラインでの開催となりますが、以前は日本全国津々浦々、色々な所に行きました。 提携を積極的に行っているのは、日本メーカーに頑張ってほしいという個人的な思いも有ります。放送機器分野においては、日本メーカーはまだまだプレゼンスが高い。NABやIBCにいっても、日本人は 結構います。しかし、海外のIT系の展示会ではメーカーも含めて日本人の存在感はほとんどありません。IP化は古い技術をどんどん駆逐する側面があります。放送機器でのそうならないように、弊社との提携を通じて日本企業を応援しています。 ――現在日本で取り組んでいる案件にはどんなものがありますか? 下川 現在、約10局のIP化を進めています。IP化の内容もまちまちですが、基本的にはマスタやスタジオなどの更新に合わせてインフラをSDIからIPへ置き換えようとするケースが多いです。 ――下川様のプロフィールについて教えてください、 下川 ほぼネットワーク一筋でやってきました。日本人として唯一本社の開発の所属であり、上司はスペインにいるので、非常に自由にやらせてもらっています(笑)。放送のIP化については、日本を始め、アメリカ、フランス、オランダ、中国、韓国、インドネシアなど様々なところで放送のIP化の経験を積んできました。国内ではいくつかの放送局の技術顧問を務めているのと、先程のパナソニック、ソニー、セイコーソリューションズとの提携では責任者を務めています。 放送局のお客さんはIT屋ではないので、目線を合わせて話す必要がありますので、私は開発ですが、営業に代わってお客さんの話を聞きにいきます。 また、セミナーや勉強会いつでもやりますので、是非お声がけしてください(笑) ――最後にメッセージをお願いします 下川 まず、いわゆるIP化はITの一部です。ネットワーク機器以外も含めたIT機器・技術を駆使して、より高度で効率的な放送を実現することが目的となります。SDIをIPへ変えることが目的ではないことを強く意識していただきたいと思っています。また、IPもITも、使う側へ知識を求めます。放送局の皆様にあっては、私達以外のIT屋ともよく話をされ、知識やコツなどをどんどん溜めていただきたいと思います。 これまでご紹介したソリューションは確実に皆さんのIP化を加速させます。また、セキュリティを懸念されている方もいると思われますが、弊社は確固たるセキュリティポリシーを有しており、心配はご不要です。さらに、管理性も重要ですが、可視化に優れたソフトウェアも用意しており、容易に制御できます。この他、提携企業との検証もしっかりやっています。 放送局の皆さんにはぜひ将来像やビジョンを明確に描いて欲しいと思っています。それを実現させるために何が必要で、何をするべきかを一緒に考え、取り組んでいきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。 (2月15日 第7221号) Nexus 9000シリーズ https://www.cisco.com/c/ja_jp/products/switches/nexus-9000-series-switches/index.html
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