実録・戦後放送史- 電波取材に生涯を捧げた 記者・阿川秀雄の記録 -


実録・戦後放送史 第58回

「公聴会・日放労も意見」

第1部 放送民主化の夜明け(昭和25年)
 次に公述人席に立ったのはNHK労組「日放労」の河田進副委員長だった。
 彼は昭和二十一年十月「放送スト」を断行した新聞単一労組の独走をきらって脱会、同士と共に日本放送労働組合の結成に主導的役割を果たすと同時に同組合の副委員長になった。やがて協会の幹部職員に昇進したが、仙台放送局在職中に急逝している。
 その河田氏は次のように法案に対する所見を述べた。
 「私は日本放送労働組合の役員であります。現在日本放送協会には二つの労働組合がありまして、共産党の諸君を中心とする約百六、七十人のものと、それ以外の六千八百人の職員をもって構成するところの労働組合と二つに分かれておりますが、私は後者の大多数の職員の立場を代表してこの放送法案に対して、どのような考えを抱いているかを率直に申し上げたい」と前置きし、
 「第一に放送法案のねらいでありますが、何といっても根本的な趣旨は、NHKというものを公共的な立場と、放送、ラジオというものの持つ言論機関としての特性と申しますか、あるいは文化事業としての総合芸術を完成いたしますところの一つの企業体としてこれを眺めて、この両者をどういうふうに調和するかということが、この法案の根本的な問題であろうかと存ずる次第であります。
 その点からこの法案を見ますと、最近に至りまして各新聞社の諸君が、一斉に民間放送を出願いたしまして、各社とも競って民間放送をやろうといたしておりますが、この点にジャーナリズムが迎合いたしまして、民間放送を許可するという大きな見出しを出しまして、その陰に隠れて、肝心の全国民の九九%の利害を持つところの公共放送を、完全に政府あるいは国家権力あるいは官僚の枠の中に閉じ込めて、これを規制せんとするきわめて陰険な、非民主的な法律であると私は断ずる次第であります。
 この法案の目的は、要するに放送を育てるための法律でありまして、これを取り締まるための法律ではございません。
 いかに国民大多数に重要なる文化の滋養を供給する牝牛であっても、この牝牛を国民のものであるからといって、二重、三重に囲い、おまけに会計検査院というような鉄条網を張りめぐらして、全然牛の動きがとれないような立場に置くならば、必ずその牛は倒れてしまって、国民はその滋養ある乳を飲むことができなくなるのであります。
 角をためることが目的でない。牛をよくするために角をためるのでありますが、そういう観点からこの放送法案は、日本の文化を阻害する大きな欠点を持つものであると、はっきり申し上げておきたいと私は思うのであります。
 ことに総合芸術としての、あるいは自由なる言論、いずれの権力にも左右されないところの、国家権力から独立したところの言論という観点から申しますならば、ラジオはあくまでも自由であるべきであります(中略)。
 そういう面から見ますと、この放送法案は非常に監督を複雑にすることによって、いろいろな形で責任を転嫁し、責任の帰趨を不明確に致しまして、その中に一貫して強靭な官僚統制という枠をはめ込んでいる構成であるということを申しあげたい」(速記録による)。
 要するに放送に対する監督権の強化に反対の意見を表明した。
  (第59回に続く)

阿川 秀雄

阿川 秀雄

1917年(大正6年)~2005年(平成17年)

昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。

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