実録・戦後放送史 第61回
「辻委員長の総括説明①」
第1部 放送民主化の夜明け(昭和25年)
「電波三法案」の成立過程を細々と紹介してきた関係から、昭和二十五年四月八日の衆議院本会議での辻寛一電気通信委員長の締めくくり総括説明をぜひ紹介しておきたいと考える。
私の拙い説明文よりも、辻委員長が三カ月余にわたり、この法案成立のために尽くされた努力の結晶が浮き彫りされているからだ。
辻委員長は、この三法案の目的を客観的にとらえ、これをどのようにして結論に導いていったか。そこにいたるまでの与野党間の論議なども描写され、国会として、新しい時代に向け制定される電波三法というものに、どのように対処してきたかを余すところなく明らかにしている。
以下に第七回国会議事録をそのまま引用した。
辻寛一君
ただいま一括議題となりました電波法案、放送法案及び電波監理委員会設置法案に関し、電気通信委員会における審議の経過並びに結果をご報告申し上げます。
まず三法案制定の理由についてご説明いたします。
現在、電波行政に関する法律といたしましては、大正四年の制定にかかる無線電信法が施行されておるのでありますが、ご承知の通り、科学技術、なかんずく無線技術の分野は、輓近きわめて顕著な進歩を遂げたのでありまして、それに伴って国家、社会の各方面におきまする電波利用の状況も、ほとんど昔日に比し一変するに至りました結果、大正初期の法律をもってしては、もはや今日の電波行政を規律することは不可能と相なったのであります。
加うるに、現行法におきましては、無線電信及び無線電話は政府がこれを管掌することを原則とし、特定の場合例外的に民間における施設が認められるという建前をとっておるのでありますが、新憲法のもとにおきましては、本来国民のものである電波は、政府たると民間たるとを問わず、公共の福祉を増進するために、これを最も能率的に利用するもののために公平にその門戸を開放すべきものであり、特に放送の分野におきましては、この精神よりいたしまして、現在の社団法人日本放送協会の独占を排し、一般民間放送のためにも電波利用の道を開くべきであるとの與論が高まって参りました。
さらに現行無線電信法は、一面において電波監督行政の規定であるとともに、他面また国営による公衆電気通信事業経営に関する規定をも包含しており、行政組織といたしましても、事業官庁たる電気通信省が同時に電波監督官庁と相なっておるのでありますが、法体系を合理化し、行政の公正を期する上からは、法規的にも行政組織上にも、監督行政と事業行政を截然分離することが適当であると申さねばなりません。
そのほか、昨年わが国が加入いたしました国際電気通信条約に基づく国内法制の整備、新憲法の要請による従前の命令委任事項の整理等諸般の必要を生じ、これらは現行法令の部分的改正によっては、とうてい目的を達することができませんので、政府はここに無線電信法を廃止し、あらためて電波行政を今日の実情に適応する新法律を制定する意図のもとに、この三法案を提出したものであります。 (第62回に続く)
阿川 秀雄

阿川 秀雄
1917年(大正6年)~2005年(平成17年)
昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。
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