実録・戦後放送史 第64回
「辻委員長の総括説明④」
第1部 放送民主化の夜明け(昭和25年)
衆議院本会議における辻寛一電気通信委員長の締めくくり総括説明はさらに続く。
しかしながら、他方、放送は、それが強力な宣伝の具であるがゆえに、一層表現の自由を確保されなければなりません。
かつてわが国において、軍閥、官僚が放送をその手中に握って、国民に対する虚妄なる宣伝の手段に使ったやり方は、将来断じてこれを再演せしむべきではありません。放送法案におきましては、このいわゆる放送の自由を保障するために、第三条に、放送番組は法律で定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、または規律されることがない旨を規定しております。
この法律によって設立さるべき日本放送協会の目的、業務、組織等は、放送法案に、第七条から第五十条にわたり詳細に規定されておりますが、そのうち協会の組織、構成を要約して申し上げますれば、協会の経営方針を決定し、業務の運営を指導統制する権限と責任とは、八名の委員と協会会長をもって構成される経営委員会の握るところでありまして、経営委員会委員は、文化、科学、産業その他の分野が公平に代表されるような考慮のもとに、有識経験者のうちから内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命することになっております。
しかして、協会の業務の執行は、経営委員会の任命する会長と経営委員会の同意を得て会長が任命する副会長及び理事がこれに当たり、ほかに経営委員会の任命する監事があって業務の監査に任ずるのであります。
なお現在の社団法人日本放送協会は、新しい日本放送協会成立と同時に解散し、その一切の権利義務は新協会において承継することに附則において規定されております。
以上で辻委員長の「放送法案」についての趣旨目的等についての説明は終わったが、筆者も議場の一隅でこれを聞いていて、放送そのものの公共性と重要性、そしてその社会的使命と責任について、民間放送をも含めたそのあり方について、委員長の立場というよりは、むしろ一国の首相か国務大臣の施政方針を聞くような響きがあった。音吐朗朗、起承転結の妙、正に名演説であった。(第65回に続く)
阿川 秀雄

阿川 秀雄
1917年(大正6年)~2005年(平成17年)
昭和11年早稲田大学中退、同年3月、時事新報社入社、以後、中国新聞社、毎日新聞社等を経て通信文化新報編集局次長。昭和25年5月電波タイムス社創立。
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