放送100年特別企画 「放送ルネサンス」第1回

宍戸 常寿

東京大学教授

宍戸 常寿 さん

1974年9月24日生まれ。東京都出身。1997年、東京大学法学部卒業。東京都立大学法学部助教授、一橋大学大学院法学研究科准教授等を経て、現東京大学大学院法学政治学研究科教授。マスコミ倫理懇談会「ネット空間における倫理研究会」顧問や総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」委員等。

宍戸 常寿さん インタビュー

「放送は情報空間での新たな役割を打ち出すべき」

2024年9月2日

ご自身の放送との関わりについて

個人的には、放送が最も活気のある時代に育ち、キー局の近くに住んでいたこともあって、最も基本的なメディアとして接してきた。それと同時に、放送は、自分が生活者として持っている地域のイメージとは違う世界を描き出しているという印象も持っていた。

放送の果たしてきた役割と現状についてどう考えるか

放送は、国民の知る権利を充たす役割を、戦前のラジオから始まりテレビ放送、カラー化、衛星放送、デジタル化と、時代時代に拡大し果たしてきたと思う。この間、放送関係者は「放送の公共性」を掲げる一方、「公共的だからこうあるべきなのに、その実態は異なっている」という批判が繰り返された。

それは、戦前、戦中の経験もあって、放送が民主主義を破壊する危険を内包する一方で、安定をもたらすものでもあり、いわば民主主義の質を決める装置だったということ。それに、人々の日々の情報需要に応え、国民の知る権利を充たす役割を果たしてきたからだと思う。

それだけ放送のインパクトが強いために、放送によって社会に問題が起きると、それが放送の在り方に跳ね返るということが繰り返されてきた。そうする中で、日本社会の中で、放送とはこういうものだというイメージが、放送事業者と社会の共通の了解となって定着し固定化されてきた。このため、新しいことをしようとすると、「放送らしくない」と変わることに臆病になっている気がする。

そういった歴史を経て、現在の放送の位置づけは変化したと考えるか

歴史的に見れば、メディア社会は、活版印刷から始まり、新聞、ラジオ、テレビと、トップランナーが、次々とバトンを渡してきた。そして、バトンを渡した後は、それぞれが、一プレイヤーとしての役割を見出し、情報社会全体が進展し安定してきた。

しかし、放送は、かつて余りに影響力が大きかった昔のイメージや期待が大きすぎるため、既にデジタル空間のプラットフォーマーに、トップランナーのバトンが渡ったはずなのに、今の役割を見いだしかねている。それが色々な論点を生み出しているのが現状だといえる。

放送の現状における課題をどのようにとらえているか

日本の放送は、全体としては世界の中でも上手くやっているし、コストパフォーマンスも良い方だと思う。しかし、かつて圧倒的メディアとして、その仕組みが決まっていたため、テレビを見ない若者が増え、社会経済も変わってきた中で、時代の変化に適応してこなかった。これによって放送全体の経営の安定が危ぶまれるようになり、期待される番組や情報を普及し拡散する力が弱まり、かつ、ほかに、そういう存在がいない状況の中で、社会の不安定化の要因になっているとすら思う。

実は、そうした課題は早い段階から指摘されていたが、目の前の現象だけを見て「放送がバラエティ化している」などと議論している。「放送の公共性」という大雑把な言葉が使われたせいで、放送が果たすべき役割や実態とのかい離、今求められる機能は何かなど根底の問題を突き詰めてこなかった。制度を議論する我々を含め、放送の関係者に反省が足りない。

メディア社会全体の中での放送の在り方にみんなが目を向けるべきで、放送界も、こうした現状を受け入れなければならない。

放送は一定の役割を終えたのか

公共的情報を動画で発信することにおいては依然として主役であり、今後も圧倒的な発信主体でなくては困る。しかし、メディア社会全体の中で、放送は、もはや圧倒的な存在ではないことは明らかだ。そうした認識に立って、情報空間全体のなかでの役割は何かと考えれば、今後、放送がやるべきことはあり、社会的にも経済的にも、新たに伸びる余地は十分あるはずだ。

このままでは放送はネットに置き換わるという議論があるが

視聴者側から見て、「ネットが放送に置き換わるか」と云えば、既に置き換わっている。これが放送、これがネットということは殆ど意識しない。一方で、意味のある政治や社会の判断の基礎になる公共的情報を誰が発信しているかと云えば、マスメディア、放送局でありそこは揺らいでいない。置き換わられた部分と、そうでない部分がある。

放送のビジネスモデルが、視聴されることによって広告収入が得られ、テレビを設置することで受信料があるという仕組みや制度と一体で結びついているため、一か所が決壊すると全体が壊れる。だから「放送がネットに取って代わられる」という問題の立て方になっているが、本来は、レイヤーを分けて考えなければならない。

では放送とネットとの関係はどのようにあるべきか

放送を巡る議論は、実は2010年の60年振りの放送法改正(放送・通信の伝送路別の法体系の見直し)の頃から、ロジックが変わってきている。つまり、伝統的な放送波という伝送路に依存した制度の議論から、放送はこういう社会的な役割・機能を果たすから、こういう制度を作り維持するのだというロジックになった。

その後の総務省の検討会での政策論議のモードも既にそうなっている。放送の果たすべき役割は何か、その機能は今の現代社会において何かを考え、そのために既存の放送制度をファインチューニングするという形だ。そう考えると、将来的には、放送は伝送路中立的(情報を届ける経路に拘らない)な考え方で規律を考えることになるだろうと思う。

放送波による放送にもはやこだわる必要はないということか

情報を届ける経路が確保されることは重要で、放送波による放送は、成熟した技術であり、コストの問題などで難しくなるまで使い続ければいい。将来的には都市部はケーブル、離島など遠隔地は電波をという具合に、組み合わせで考えればよい。必要なのは、同時同報(同じ内容を同時に一斉に届けること)になると思うが、公衆(パブリック)を維持し形成するという放送の機能を高度化していくことだ。ブロードバンドも電波も組み合わせ、伝送路を上手く使い分けてパブリックを高度化させることが重要だ。もちろん、放送事業者の中で、放送波に拘り、それでも機能を果たせるというならばそれでもよく、それぞれが最良な方法を選択すればよいと思う。

ただ、少なくともNHKだけは、通信に何かが起きた時、最後に届ける伝送路としての電波が使えるよう維持しておいた方がよいと考えている。民放が、ソフトだけの会社になり、信頼できる伝送路で配信したいという時に、NHKのインフラに任せるという考え方もある。NHKを上下分離(伝送路のハード部分と、番組等を制作するソフト分門を分離する)をして対応するやり方もある。いずれにしろ、全放送事業者が一斉に何かを捨てて新しいことに移るよりは、冗長性も含めて色々な選択があった方が良いと思う。

改めて今の放送が生き残るうえでの課題はどこにあると考えるか

まず、経営の体力は絶対的に必要だと思う。放送は大学と構造的に似て、個人の優れたクリエターが集まる知の集合体だが、数を作りすぎたのかもしれない。いまの県域免許制も維持が難しいのではないかと思う。

放送の多様性・多元性・地域性は重要だが、視聴者の知る権利という目線で見れば、最も大事なのは放送の多様性だ。質の良い放送が多様にあり、選択肢を示してくれることだ。放送の作り手の多元性、地域の多元性は、放送の多様性を実現するための二次的な要請であり、県域4波という状態は、今後の人口減少社会を考えたときに、本来の目的である質の高い放送番組を作るうえでも過剰であり、放送再編は不可避だと思う。

その課題がとっくに見えていたはずなのに、問題に手を付けず、いつかは日が昇るからと先送りしてきたのは、歴代の放送関係者の怠慢だ。

放送は淘汰が進むことになるか

淘汰ではなく、系列間の連携や地域間の連携、ネットなど他の事業体との連携などいろいろな形があってよいと思う。そうした見直しを行うことで、経営の合理化を図り、良いものを作るための人を増やし、技術開発に投資することが重要だ。そのための柔軟な取り組みが必要だと思う。

また、放送局が、ネットにコンテンツを提供するプロダクション的になる、ネット伝送路にシフトする、引き続き放送波でやる、両方手掛けるなど、選択できるようにすればよい。こうした取り組みを、制度が邪魔したり、放送界で足を引っ張りあったりしないことが、何より大切だ。

最後に改めて放送への提言を

放送の中だけ見ているのではなく、いまのインターネット、デジタル空間など、情報流通空間全体の課題を見て、自分たちのアピールポイントは何か、自分たちしかできない役割は何かを示して欲しい。そして、そうした知る権利に奉仕する自分たちの活動に邪魔になる制度を変えて欲しいとか、他のプレイヤーの行動を規制して欲しいと主張することは、決して悪いことではない。現状を変更すること自体にネガティブでいるようでは、放送の今後は厳しいだろう。

放送には、デジタル空間で動画による様々な情報発信が拡張してくるなかで、お手本となることも期待されるし、デジタル空間の偽情報の拡散の火消的な役割もある。今後の情報空間が社会に健全に受け入れられるようにするための放送の役割を考え、その大きなデザインを議論しなくてはいけない。

このままでは、放送に将来展望がない。危機感が足りないと思う。情報社会のトップランナーだった放送が、もっと外に目を向け、バトンを渡した後の自らの役割をもっと積極的に発信していって欲しいと願っている。

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