放送100年特別企画「放送ルネサンス」第6回

堀木卓也

日本民間放送連盟 専務理事 

堀木卓也 さん

1958年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。1984年に一般社団法人 日本民間放送連盟に入り、業務部、編集部を経て2005年から企画部で放送関連の法制度改正、総務省との折衝、民放各社の意見調整に携わる。2019年常務理事会長室長、2022年から現職。

堀木卓也さん インタビュー

放送の意義を改めて社会に伝える

2024年9月27日

民放連ではどのような業務を担当されたのか

今年で民放連に入って41年目になる。経歴は概ね3つに分かれていて、一つは編集部で民放連が発行する雑誌や新聞の編集、一つは業務部で営業委員会やラジオ委員会を担当、そしてもう一つが企画部で放送制度や総務省を担当した。企画部に異動した2005年は小泉構造改革のまっただ中で、総務大臣に竹中平蔵氏さんが就任し、通信と放送の放送制度を一本化する「融合法制」の議論が始まった。その時からおよそ20年が経ち、放送を取り巻く環境は劇的に変わったと感じている。

これまで放送が果たしてきた役割や位置づけ

放送は極めて理念的なサービスだと思う。放送法1条に「健全な民主主義の発達に資する」と書かれており、全てがここから発している。「放送の公共性とは?」と問われれば、報道と娯楽を2本柱に民主的な生活に欠かせない情報を適時適切に届け、伝えていることだと答えるだろう。ドラマもバラエティーも、視聴者やリスナーが文化的な生活を送る上で必要な情報だ。
NHKの受信料は別だが、視聴者・リスナーから直接対価を得ないで24時間365日、常に情報を届けるなど、放送は水や空気のように当たり前の存在になっている。これが放送の公共性の発露であり、具体的な中身だと思う。取材・報道や番組制作のプロフェッショナルである放送事業者が「日々の仕事」として取り組んでいるからこそ、高い質を維持できている。そして、受信料収入のNHKと広告収入の民放という、財源と組織が異なる2元体制があったから、日本の放送は発展してきたと感じている。
最近ではインターネット空間の情報にとても危ういものが多く、放送がインターネット上にも確かな情報や信頼できる情報を発信し、偽・誤情報対策の役割を果たすべきと指摘されることが多くなった。社会環境やメディア環境に応じて、放送も新しい役割を期待されるのは当然だ。これからも世の中の変化に応じて、放送の新たな役割は出てくると思う。

日本では放送の進化が遅いのではないかと言われているが・・・

欧州に比べて日本はメディア環境の変化への対応が遅れているとの指摘はあるが、放送をめぐる歴史的な経緯の違いがある。日本のテレビ放送は1953年に公共放送NHKと民間放送日本テレビが開局した。公共放送と民間放送が同じ年に放送を始めたのは、世界各国を見ても実は日本だけだ。例えば英国ではBBCに約10年遅れて商業テレビ(民間放送)が始まった。ドイツでは1980年代に立ち上がったケーブルテレビや衛星放送を使って商業テレビが発足した。両国ともに、ハード・ソフト分離が合理的な手段だった。米国は国土が広く、地上波放送用の周波数が比較的潤沢だったので、日本のように商業テレビがどんどん設立されていった。地上波テレビの電波が届かないところはケーブルテレビのビジネスチャンスが生まれ、ケーブルテレビでも届かない地域は衛星放送で津々浦々をカバーする。こうした背景から、米国では有料メディアが発展する素地ができた。
日本の民間放送は地上波で先行したため、ケーブルテレビや有料メディアの普及・発達が遅かった。地上波で「あまねく届ける」ことは国民・視聴者にとってとても大事なことで、世界的にもこの「あまねく」を実践している国は少ないと聞く。全国津々浦々で、山間へき地や離島でもテレビが見られ、ラジオが聴けることで、国民の情報格差を小さくし、社会の安定や経済・産業の振興に貢献してきた歴史がある。それぞれの国の事情に応じて放送の進化には違いがあり、それが有料メディアやインターネットメディアの普及にも影響した面はあると思う。

放送はこの先インターネットに置き換わるとも言われるが・・・

伝送路としての「放送」に関しては、放送ネットワークの一部を「通信」に置き換えるブロードバンド代替の議論が進んでいる。時間軸としては分からないが、伝送路としてのインターネットで指摘される輻輳や遅延などの技術的課題は極小化する時代がくるかもしれない。放送コンテンツをすべて、専用の電波で届けることが未来永劫ずっと続くとも考えにくい。一方で、インターネットだけで情報を「あまねく」届けることが本当に出来るのか、また、インターネットに全ての伝送路を集約してよいか、という問題がある。これからの情報社会において、国土の保全や安全保障を考えると、放送とインターネットのデュアルが望ましいとの考え方もあるだろう。放送で同時かつ一斉に情報を送るという方法は片方向の情報伝達としては合理的であり、放送ネットワークをすべて無くすのは社会の損失だ。電波で放送を届ける今日的な意義を、国の在り様の問題として考えていく必要があるのではないか。

民放におけるローカル局の存在とは

昨年から月に一度のペースで各地を訪ね、地元局の皆さんの話を伺っているが、今後のローカル局の目指す方向性について、社長の皆さんが異口同音におっしゃることがある。「地域振興や地域の経済・社会の安定にもっと貢献し、地域を元気にしたい」といったことだ。地域のステークホルダーと連携して課題の解決に取り組み、事業化を図ることで利益をあげて放送局を運営する。それがローカル局の目指す姿なのだと思う。その意味で地域の民放は、プロモーションメディアの側面が強くなってきているように思う。広告収入の減少が背景にあるが、自治体や地元企業、場合によっては視聴者・リスナーからも広告費以外の形でお金をいただく。そうした新たな事業に活路を見出そうと注力しているのが、ここ数年の大きな変化である。地域の良いところを掘り起こし、改めて地元の人たちに伝えていく。地域の情報流通を活発にすることで、地域に貢献する。ローカル局が地域の繁栄を考える随一の企業であろうとする限り、日本社会において地域の放送局は必要な存在であり、この先も残っていくだろう。

この先の放送の行方と課題

テレビを見ない層が年々増えている。多種多様な娯楽コンテンツを用意する動画・音声配信サービスの普及で、民放が得意としてきた娯楽分野への影響は少なくないだろう。TVerやradikoをはじめ民放系の配信サービスへの期待は大きい。もう一つの柱である報道に関しては、ニュースに興味や関心がないという人が増えている。これは日本だけではなく、世界的にも同じ傾向のようだ。政治や社会、経済など伝統的な意味でのニュースに興味が薄れて、視聴者・リスナーは自分の身の回りや関心があることを“ニュース”と捉えるようになったのだという。だから当然、選挙にも行かなくなるのだと。
放送は国民各層、若者を含め、視聴者・リスナーがある程度政治や社会の動きに興味があることを前提に成り立ってきた。「テレビ離れ」は「テレビ受信機離れ」の色合いが濃いと指摘する識者がいる。ならば「ニュース離れ」も同じことが言えないか。伝統メディアが角を突き合わせてしのぎを削るだけでなく、ニュースに対する関心を高める方策を一緒に考えることはできないか。公共メディアを目指すというNHKにはその先頭に立ってほしいと思っている。

今後の放送の在るべき姿、放送への提言・期待

先日、総務省の有識者検討会のヒアリングに出席した折に、「ローカル局やラジオ局に代わって、こうした(放送の)役割、使命を果たす事業主体の参入は、現在も将来も期待できないと考える」と述べた。取材で得た情報を精査して、正確性に問題がないかを吟味して世の中に送り出す。その営みを日々継続できるスキルと人材を保持することは、ネット時代には困難さを増すと考えるからだ。放送局がその使命を果たすための体力を維持できるかが最も大きな課題であり、ここを何とかしなければ「貧すれば鈍する」になりかねない。広告収入の落ち込みをカバーするために新規事業の開拓は欠かせないが、本業である放送広告の価値を再構築して、広告主企業や関係者に訴求し、再確認してもらう取り組みが必要だ。
メディアとしての放送の特徴は同時同報性を持つ片方向の情報伝達にあるが、デジタル社会の進展で、誰もが情報の発信者としての楽しさを享受するようになったといわれる。放送が同時同報性を維持しつつ、インターネットを駆使してどのように双方向性を備えていくかは、基幹メディアとしての存在を維持するためにますます重要になっている。
インターネットの台頭で、今ではインターネットと放送を組み合わせた広告コミュニケーションが一般的になっている。実証的なデータをもとにして、インターネットと比較したテレビやラジオの強みは何かを、広く社会に示していかなくてはならない。それは民放連の仕事でもある。
数えきれない多くの人々が同時に同じものを見て、感情や思いを共有し、それが社会の中に広がっていく。パリで開催されたオリンピック・パラリンピックの中継放送を見ながら、そうしたテレビが持つ力を思い出した。テレビやラジオは社会にとってどういう効用や意義があるのか。インターネットの時代にあって、放送事業者は改めて社会に伝えていかなければならないだろう。

 

この記事を書いた記者

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成澤誠
放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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