放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第9回
関西学院大学教授
鈴木 謙介 さん
鈴木謙介(すずき・けんすけ)氏。1976年4月生まれ。福岡県出身。1999年、国学院大学文学部卒業、法政大学大学院社会学研究科社会学専攻修士課程を経て東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。現関西学院大学社会学部教授。TBSラジオ「文化系トークラジオLife」でメインパーソナリティを務めている。
鈴木 謙介さん インタビュー
Contents
―ご自身と放送の関わりについて
学生時代までは娯楽といえば最も接するのがテレビであり、またラジオも非常に良く聞いていて、AM、FM問わずよく聞いていた。30歳になるぐらいからは出演者としてラジオのパーソナリティをやったり、テレビのコメンテーターとして出演したりという形で、放送を見る側から出る側として関わることが増えている。一方で、この15、6年の間、いわゆるテレビ受像機では全くテレビを見なくなり、基本的にはテレビは「TVer」、ラジオは「radiko」でというように、電波を通じて放送コンテンツに触れることはほぼなくなった。そういう意味で出る側の自分自身も今の時代の流れを経験しているという印象。
―時代の流れとあるが、放送開始から100年を経た放送の役割や変化をどう考えるか
放送業界の中の人とそうでない人で、放送に対する位置づけが大きく変わる気がする。例えば映画というメディアは、100年前は娯楽の中心だった。ところが、戦後になってテレビ放送が開始されると、映画というメディアは不要になると言われることになった。では、映画がなくなったかというとそうではない。むしろテレビドラマが人気になるとスピンオフとして劇場版が作られることもある。そのような映画はテレビのプレミア版のような存在になっていて、さらにその映画がテレビ放送されることもある。
ところが放送の中の人たちにとってはこうした変化が、どうも放送の衰退に見えているようだ。映画がなくならなかったように、テレビやラジオが作ってきたものは決してなくなっていない。むしろ広がってすらいると思うが、自分たちの役割をすごく狭く捉えてしまっているのではないかと感じる。長い目で見ると放送にはまだまだ様々な役割や、あるいは人々にとっての期待を受ける器としての役割というのがあるのではないか。
―まだ悲観するほどの立ち位置にはいない?
それこそ放送を何だと思うかによる。例えば自局から電波を発信して、電波の受像機等に向けて映像コンテンツや音声コンテンツを発信する、いわゆる放送局の役割をテレビの唯一かつ本質的な役割だと狭めてしまうと、かなり厳しい状況が今後も続くだろうとは思う。だが、それ以外にも様々な役割や、あるいは機能というものを社会的に持っているはずなので、そこにまで目を向ければ決して悲観的になる必要もないとは思う。
―放送に対する現状の課題や問題点についてはどう考えるか
放送が前提としている大衆的な受け皿が規模感として小さくなる中、放送局というビジネスが、小回りがききにくくなっている。言ってみればコストはかかるのに、受け手がどんどん減っていくという状況にあることが大きな課題だと感じている。この課題は鉄道しかり、その他公共交通しかり、日本のインフラ産業も全て同じように直面しているものだ。こうした公共的なインフラというのは、大きな初期投資が必要だが、一度作ってしまえばお客さんがずっと利用するため、投資コストを回収できた。
このような収穫逓増モデルは人口が増加している社会では当てはまるが、人口減少社会においては、インフラは維持するだけでコストがかかるリスクをはらんでいる。現実的に言えば地方のバスや鉄道が存続の危機に立たされているのと同様に、例えば地方のテレビ局やラジオ局にとって似たように厳しい状態が続いていくだろうし、今後もなかなか改善の見通しが立たないのではないか。
―地方のラジオ局でも設備更新の負担を背景にAM停波の流れが来ている
電波設備の話もさることながら、スタジオにかかるお金でも、局によって明白な差を感じることはある。最新のミキサーやマイク等を入れていく余裕がない社もある。放送局はその放送機能だけでなく、コンテンツ制作機能においても常に新しいものに更新していく必要がある。例えばNHKでは、技術公開を毎年やっていると思うが、そこまでの投資は民間の放送局では難しい。
―インターネットが普及してYouTube等のプラットフォームが台頭し、若者の関心が移る中で放送は生き残れるか
利用者からすると、もはや通信と放送には壁はない。少なくとも同じコンテンツをどちらでも視聴できるし、テレビ受像機にはそもそもネット接続機能がついていて、テレビを電波で見るのも、ネットフリックスやYouTubeを見るのも同じ画面でできる。既に視聴者からすると通信と放送は体験としては一体のもので、そこを切り分ける意味はない。
そこでテレビやラジオが培ってきたノウハウをどう生かせるかという話に関して言えば、参考になるのは漫画。漫画は従来、紙で見ることを前提にしており、日本は縦書きのセリフが書かれたページをめくって読むようにできている。一方で現在、ウェブトゥーンという縦にスクロールするようなコマ割りの漫画も出てきている。では日本の漫画もそれに合わせるべきかと言えばそんなことはなく、紙で作った日本のフォーマットがそのまま世界でも読まれている。最新のテクノロジーに合わせた表現にしてもいいけれども、紙のページデザインがネット時代に合わないかというとそんなこともない。
今はYouTubeやTikTokで一般の方が動画を制作して配信することができるようになっているが、良いコンテンツのお手本となっている指標はほとんど昭和から平成の時代にテレビのバラエティーが作ってきたフォーマット。例えば大きな文字で字幕を出したりだとか、そこに効果音を乗せたりだとか、そもそも企画の立て方とか絵の取り方、あるいは間の取り方とか、多くの場合で視聴者を獲得しているのは、テレビのフォーマットだったりする。
―広告収入が配信に流れた結果、それまでの規模の番組制作ができていない
特にネットとテレビの垣根が低くなっているのが、YouTubeショートやTikTokなど。一般の利用者がドラマの一部を切り出してピックアップし、違法なものも含めて視聴されているが、それが話題を呼んで本放送がTVerで見られるというルートが出来上がっている。見られるならいいことのようにも思えるが、そうとも言えない。放送局にとってのテレビ広告は、リアルタイムの視聴者が見るからそこにスポンサーが入るわけで、切り取りで話題になったバラエティーの「神回」が繰り返しTVerで見られようと、継続的に視聴者がつかなければスポンサーを増やすことには繋がらない。そういう点で非常に厳しい状況はある。
一方で、ネット広告も大きな岐路に立たされている。例えばしつこく表示されたり消せなかったりする広告体験に視聴者が非常に高い不満を持っていて、データによっては半分以上のユーザーが表示された広告を見ていないと回答している。広告を出したい人はいても、ユーザーにとっては一切見たくないものになってしまっている。ひとつの選択肢として、1社提供の時代に戻ることを考えてもいいと思う。例えば1クール契約1社提供あるいは2社提供とかの形で番組を制作し、話題になったらパート2、3もありという海外の連続ドラマのような形。放送枠と時間にとらわれない形で、信頼できるスポンサーとタッグを組んで良質なコンテンツを作っていくのは本来、テレビ局やラジオ局でやってきたことだ。
―地方の放送局の再編の可能性は
インフラビジネスもそうだが、我々の大学業界や金融機関も似たようなところがある。地域に根ざしてやってきたものが、再編や合従連衡を考えざるを得なくなっている。ただそうなると、通信と放送の完全なる融合を進めると、キー局の独占体制になってしまい、地方局にとってはかなり難しいことになる。地方局の強みは、地元に根ざした情報が多いこと、あるいは低予算だけれども良質な番組、あるいはファンを獲得するような番組を作ることができるというところにあり、おそらくはその規模感に事業を再編する必要がある。
今までだとキー局の放送をネットすることによって、そこに独自のスポンサーを入れてやっていた部分が、おそらく中央に吸い上げられてしまう。これを前提に、地方枠として今までやってきた部分を拡充させていく、場合によってはより地域への連携を深めていく、例えば地方新聞との連携、あるいは地方の学校や公共施設との連携、そうしたものを含めてより地域に密着していくことが求められる。ラジオは先んじてやってきたが、テレビもそういう再編を視野に入れることができれば、新しい取り組みで資源を集中していくこともできる。その覚悟が持てないからズルズル先送りにしているところもあるかもしれない。
―今後の放送への期待や提言を
通信と融合して効率化することで、視聴者に受け入れられるコンテンツを作るノウハウや、その質を担保していくというところが重要になるだろうという話が柱の一本。もう一本の柱として、海外にルーツを持つ人であるとか、インバウンドで一時的にやってきている人らへの情報発信や、情報ソースとしての信頼性を得ていくことは大事になる。
インバウンドの回復などにより、2000万人以上の人が海外からやってきている。そのうち1割ぐらいは滞在中に熱を出したりする中で、この人たちがどういう情報を頼ればいいのか、災害時や通り魔事件が発生した時に、全く言葉がわからない人に情報を届けられるかどうか。これまではいわゆるネイティブの日本語話者が難しいことまで理解できる前提で番組の面白さを追求してきた。しかしそれ以外の部分でも、電波という公共のリソースを使う責任は広がってくる。その部分での役割を期待されているが故に、ただのネット配信コンテンツ制作会社とは異なる役割や、あるいは社会的な立場、責任を持つことになるのが、これからの放送や放送局のあり方ではないか。
この記事を書いた記者
- 主に行政と情報、通信関連の記事を担当しています。B級ホラーマニア。甘い物と辛い物が好き。あと酸っぱい物と塩辛い物も好きです。たまに苦い物も好みます。
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