放送100年特別企画「放送ルネサンス」第13回

日笠 昭彦

映像プロデューサー/LLC創造の森 代表

日笠 昭彦 さん

日笠昭彦 (ひかさ・あきひこ)氏。1963年生まれ。静岡県出身。20代から30代にかけてTBSの情報番組、テレビ朝日のバラエティーや報道番組などを手がけた後、2001年に日本テレビ報道局と雇用契約。NNNドキュメントのプロデューサーとして14年間、年間のラインナップと企画・構成から仕上げまでクオリティー管理を担当した。その後、news every.(特集班プロデューサー)への異動を経て日本テレビを退社。2015年10月以後は「制作」と「育成」を2本柱に、番組のプロデュースや構成の他、地方局などに出向いてニュースや番組制作の研修会を開き、後進の指導に力を注いでいる。

日笠 昭彦さん インタビュー

次の時代に放送をつなぐ人材育成が鍵

2024年10月28日

ご自身にとって、テレビはどのような存在か

 物心ついた頃からテレビは常に身近にあった。静岡県の山間部で生まれ育った私にとって、テレビは知らない世界を見せてくれる魅力的な窓、社会を覗く窓だった。その後、放送業界に身を投じたきっかけもテレビ番組だ。中高生の時に見た山田太一さん脚本のNHKの社会派ドラマ「男たちの旅路」や、小山内美江子さん脚本のTBS「3年B組金八先生」の影響が少なからずあった。
 結局ドラマ制作の道には進まなかったが、報道番組の取材では貴重な出会いがあり、様々な知見を得た。北極圏やサハラ砂漠、フランスの核燃料再処理工場など、この仕事をしていなかったらおそらく足を踏み入れることはなかった、世界の辺境の地や特別な場所に立つ経験もした。しんどいことも多々あったが、充実した時間を過ごすことができたテレビの世界に感謝している。
 

テレビドキュメンタリーの制作に長年携わってこられたが、テレビはどのように変わってきたと思うか

 テレビ番組の質は落ちていないと思う。ただ、私が幼い頃は、誰もが見たこともないようなものを見せ、見る者の心を揺さぶる力がテレビにあった。いまは手元のスマートフォンで簡単に世界中の動画が見られるようになり、テレビが新たな発見や感動を作り出すことが難しい時代になっている。大きな変革の渦の中にテレビ業界が置かれていることは間違いない。
 

ネットの登場は大きかったと…

 私が放送業界に入った当初は地上波だけだったが、その後BSやCSが加わり、チャンネル数は格段に増えた。そこへ20年ほど前、ユーチューブという個性豊かなコンテンツが世界中からとめどなく降り注いできた。ユーチューブに代表される動画共有サービスの登場によって、視聴者を奪い合う相手は同業他社のテレビ局ではなく、放送時間を気にせずどこでも手軽に見ることができる「動画配信」となった。
 

そうした中で若者のテレビ離れが進み、「放送終焉」の声も聞かれるが

 実は、私はそれほど悲観していない。若者の「テレビ離れ」は進んでいるが、「映像離れ」は起きていないと実感しているからだ。
 現在、東京大学と上智大学で映像制作に関する実習授業を受け持っているが、実習に入る前からすでに撮影や編集スキルを持つ学生が必ず一定数いる。デジタルネイティブで育ってきた彼らは子どもの頃からタブレット端末で見る動画が身近にあり、スマートフォンで撮影し、無料の編集ソフトでテロップや音楽をつけられる環境にあった。実際に学生たちは、若い感性ならではのユニークな視点で質の高い作品を作っている。彼らにとって動画を作って仲間と共有したり、配信したりすることはそれほど困難なことではなく、自分の若い頃と比べると考えられないくらい、動画に向き合うハードルが低くなっている。
 テレビを持っていない学生も確かに数多くいるが、メッセージを伝える手段として映像が有効だということを肌感覚で知っていると感じる。「映像離れ」が起きているわけではなく、むしろ映像に触れる機会は広がりを見せている印象を持っている。映像文化は様々にカタチを変えながら存在し続けるだろう。
 

スマートフォンで短い映像に接している現状はテレビ制作者として残念ではないか

 最近、私が関わる仕事でも、長尺の本編とは別にネット配信を目的とした短縮版を求められることが増えてきた。かつて私が携わった番組「NNNドキュメント」(日本テレビ系列)を例にすると、短く再編集した動画をネット上で見られる「Nドキュポケット」というものがある。硬派なドキュメンタリーに触れる機会があまりなかった若い世代が、ショート動画をきっかけに関心を持ち、テレビの視聴につながる例もあるという。いい試みだと思う。
たとえ短くまとめられたダイジェスト版の映像でも、それを見て少なからず影響を受ける人がいるのであれば、すそ野が拡がっているということであり拒絶することではない。
 私自身、ダイジェスト版で番組を見せることには、10年前だったら抵抗感があったかもしれないが、今はその心理的バリアはなくなった。それをきっかけに本編に誘導できれば、新しい視聴層の開拓という意味からしても積極的に取り組んでいくべきではないか。
 私は、制作者のメッセージがいろいろな形で届けばいいと思っている。放送とネットにはそれぞれいい点があるのだから、補完し合う関係で共存していけばいい。色々な波で伝え、1人でも多くの人の記憶に残ってくれればいいと考えている。

 

放送とネットの関係をどう考えるか

 放送とネットを対立するものとしては捉えない。今も話した通り、ネットとの共存は可能だ。たとえば、テレビ局が制作したニュースの企画や良質なドキュメンタリー、とりわけ地方局が放送したものなどは一度県内で流したらそれで終わり、県外の人は見られない、といったことが長く続いてきた。しかし、たとえば福岡放送で月に一度放送しているドキュメンタリー「目撃者f」のように、深夜に放送した後からでもネット上で番組を配信して見てもらえるようにしたら、それは視聴者の利益にも繋がる一つの前向きな手段だ。
 

ただ、現実にはテレビ離れが進んでいる

 もちろん、若い人たちがテレビを持たず、番組を見なくなったことに寂しい気持ちはある。ただ、そこには、テレビ局側の課題も存在すると思う。ユーチューバーが自由にモノを作る一方、テレビの制作現場には閉塞感があると感じている。コンプライアンスなど気をつかわなければならないことが増え、それが行き過ぎた自主規制につながったり、働き方改革も絡んだりして、自由度が失われている印象がある。そうした中で、志を持ってテレビ業界に入ってくる若者たちをしっかり育てなければいけないと思う。
 

ネット時代におけるテレビの役割をどう考えるか

 ネットの時代になって情報が溢れ、それを見て「知った」気になっている、「分かった」気になっている視聴者が一定数いる。ネットの見出しだけで分かった気になっているのは、非常に危険なことだと思う。テレビ局の大事な役割は、信頼される情報源であること。そして、確かな情報をもとに思考や議論を呼び起こす起点となって欲しい。それに応えられなければ放送の存在理由は薄れていくと思う。
 一報を伝え、その後も特集やドキュメンタリーの枠で深く掘り下げ、次の行動の手がかりになること。それは報道スタッフの大事な存在理由だ。ネットにも速報性があり、手軽に情報をキャッチすることはできるが、テレビの企画は、信頼できる情報をもとに「脳裏に刻む」「記憶にとどめる」という点において、大きな力と影響力を持っている。たとえ情報を得るきっかけがネットだとしても、その奥底にある真実の提示と分析・検証は放送の大切な役割だ。
 

ニュースを伝える側として大切にするべきものは何か

 研修の場などで報道部の若いスタッフによく言っているのは、日々、行政や警察から流れてくる事件・事故の情報を単に「5W1H」で伝えるだけでなく、「なぜ(Why)」と「どのように(How)」にこだわり、「明日誰かが泣かないニュース」を作る。そうした取材を日頃から意識しようということ。ただ単に「今日○○で事故がありました。〇人が救急搬送されました」の一報だけではなく、その悲しい出来事が繰り返されないよう調査・検証し、人々の胸に刻み、次の行動に活かされるような報道を心がけることが大事だと伝えている。
 

テレビはこの先、どう変わるべきか

 30~40年前は、「公害」「交通戦争」「ダム開発」「コメ問題」など、社会問題の病巣は大きな工場や開発現場、幹線道路や役所など、目につく場所にあった。しかし今、社会を脅かす課題、たとえば長く解決に至っていない「引きこもり」「若者の自殺」「少子化」「見えない貧困」など、その多くは家庭内や個々の胸の内に起因している。それだけに、解決の糸口を探るにも障壁が多く、取材者の感性や力量が大いに試される。
 今は大勢で撮影クルーを組むのではなく、コンパクトになったカメラやマイクを一人で持ち出して取材できる機動力がある。そうしたメリットを活かして粘り強く取材を継続してほしい。特に報道に携わる人たちには、“社会の課題から目を背けず立ち向かってほしい”と伝えたい。その領域は、今はまだユーチューバーたちがカバーできていないところだ。テレビ業界は、熱意のある若い人材をどう育てていくかが重要だ。
 

最後に放送界へメッセージを

 100年続いてきた放送の強みを途絶えさせてしまうかどうか、最新技術の開発ももちろん大事だが、カギを握るのは「人」だ。大事なのは放送への信頼感であって、それを支えるのは個々の力だ。上に立つ人たちは利益や効率だけでなく、次の放送100年を支えていく世代の育成に力を注いでほしい。手を抜けば、これまで伝承されてきたものが簡単に途絶えてしまう。
 私は「放送」とは、箱根駅伝のようだと思っている。いま放送人は、各々の現場で先輩からタスキを受け取って2024年という区間を走りながら、時代を見つめ発信を続けている。そして、このタスキを確実に次の年、次の世代につないでいく。「次の放送100年のために、世界の風を読みながらみんなで走っていこう」と若い人たちに言いたい。私も良き伴走者でありたい。

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(敬称略:あいうえお順)