放送100年特別企画「放送ルネサンス」第14回

村井 純

慶應義塾大学教授

村井 純 さん

村井純(むらい・じゅん)氏。1955年3月生まれ。東京都出身。1979年、慶應義塾大学工学部卒業。1984年、同大学院工学研究科後期博士課程修了。工学博士。国内におけるインターネットの実質的起源とされる「JUNET」の設立や、インターネットの研究プロジェクト「WIDEプロジェクト」の設立に関わった。現慶應義塾大学教授、同大学サイバー文明研究センター共同センター長

村井 純さん インタビュー

ネットの活用で放送は生き残る

2024年11月1日

 

―ご自身と放送との関わりについて

 物心ついたときからラジオの前にかじりついて放送を聞いていた。兄の影響で連続ラジオドラマを楽しみに聞いていた覚えがある。テレビも同様で、近所のテレビがある家に子供たちが集まって月光仮面を見ていた。住んでいたのが成城学園の近くで、「東宝の町」とも言われるように小さなプロダクションもあって、「少年ジェット」や「忍者部隊月光」など子どもの番組を生で撮影しているところを見る特別な経験もしていた。ファンとしてテレビを見るのが大好きだった。
 

―インターネットの黎明期から関わり、「インターネットの父」とも呼ばれている

 過去にラジオは、受益者負担ができないからビジネスにならないだろうと投資業界では言われてきた。それを解決したのが広告で、テレビもCMを入れることで、コンテンツのペイメントが成立するビジネスモデルになった。インターネットも当初はビジネスにならないだろうと言われていたが、リレハンメルオリンピックでSun Microsystemsがウェブ実験をしたのがうまくいって広告モデルを集め始めた経緯がある。そういうものをインターネットが取り入れ、ビジネスモデルを大きく変えてきたというのが、私にとってインターネットの研究者としての出会い。
私はインフラのアーキテクチャや運用者の役割を果たしてきたので、良いインフラができれば、新しい産業が産まれる。その産業が成功すればそのプラスのフィードバックがインフラを発展させる、というサイクルを信じている。
放送とインターネットの新しい未来もこれと同様で、担ってきた重要な専門家が、現状に安住せず挑戦し続けることで次の時代の扉が開くと考えている。
 

―研究者としてテレビと関わるきっかけは

 地上アナログ放送からデジタル放送へ移行するのに伴い、関係者を集めた会合の座長を郵政省や総務省から頼まれた。当時、IT戦略を推進するグループにいたこともあって、インターネットと放送の組み合わせでデジタル化を考えていくというシンボルではと指摘する放送関係の方も多かった。経済団体とか、権利者団体、主婦連のような消費者や、日立などテレビ受信機のベンダーや放送局といった利害関係者が全員集まる非常に巨大な会合だった。会合をまとめる中で放送業界の光も闇も勉強させてもらった。

―放送との関わりの中で感じたことは?

 放送事業者は、良い番組を作って、視聴者がそれを喜ぶというend-to-endのビジネスだと思っていた。ところがいくら聞いても、スポンサーの話はする、役所の話もする、だけど視聴者の話はしない。構造から言えば、現金はスポンサーから降りてくるので、みんなスポンサーを向いて仕事をするということになる。そして地方の放送局はキー局から番組の提供を受ける形になる。もちろん良い番組を作っている人もいる。良い番組を制作し、視聴者が喜ぶということで競争になれば健全なマーケットと言えるが、現実には、スポンサーを向いて仕事をして、そこに役所が入ったりして、放送が守られてきた。良い番組を作っていかないと振り落とされるような激しい競争環境ではないのだと感じた。
ただ、テレビ番組からから映画が生まれ、技術が発展したり、アニメがテレビを通じて、世界でも重要なコンテンツとして健全に育ったりしてきたことなど、そういう意味では、放送は十分に役割を果たしてきたと思う。
 

―現状、視聴者に目を向けた番組作りができてないということか

理由は安定し過ぎていること。基本的に放送は、電波の割り当てを受けた人が、報道であるとか、教育であるとかそういう役割を担って、持続的なビジネスが可能なように、ある意味で保護されてきた。それでスポンサーがうまくつけばよく、地域放送局も番組がキー局から供給されるという仕組みの中で長く安定していた。
それがインターネット上で映像を配信するというインフラが発展してきたことで、新しい競争時代に入った。つまり、本質的に良い番組を作って人を喜ばせようという本来の競争原理に回帰していっている。これによって、安定していたビジネス環境が変革していくことになったが、そこに放送局がついていけるかどうかが問題。今までのビジネスモデルでやってきた人たちがすぐに変わることは難しいかもしれない。ただ次の世代になれば、次第にそういう競争の時代になっていくのではないかと思う。
 

―本来の放送局の目的を果たすには

 本来の放送の目的をどうやって安定して続けられるかというと、放送局だけが変わるという話ではなくて、みんなで新しいルールを作っていくことが必要だ。
例えば、放送コンテンツをインターネットで流すときの新しいルール作りも必要だ。NHKでネット配信の義務化が議論されているが、これまで想定していなかったから、例えばサッカーの放送権を買う場合も、インターネットで流してもよいとはならない。ネットで流せないとなれば、もう放送との同一性がなくなる。それでも放送と言っていいのかとか、そういった課題に対応するためルールも変えないといけない。矛盾することもいっぱい出てくる。新しいビジネスモデルを模索しながら、放送界もインターネットを前提にした新たな物作りをしていく必要がある。
 

―現状の課題や問題点について

 技術的な話をすると、インターネットは送信してうまくいかなかったら再送する。これに対して放送では、映像や音声などのデータが絶え間なく一定のスピードで流れる。インターネットは、1秒ごとに30フレームの映像がどんどん流れてくる連続メディアのようなものが苦手で、当初は、インターネットで放送ができるとは誰もが思っていなかった。
ところが、インターネットの速度が大幅に速くなり、映像のような連続メディアも通るようになった。しかも、テレビの場合、電波は貴重なため、データを送るときに放送局で圧縮をかけて小さなデータにして送り、その後テレビで圧縮を解くというやり方をとるが、インターネットの伝送路が太くなればそもそも圧縮をかける必要さえなくなる。画像のエンコーディングなども標準化が進んでくるとスマートフォンやパソコンでもプラットフォームでできるようになる。そうなると映像を圧縮する技術を誰も開発しなくてよくなり、コストを負担しなくて済むようになる。こうしてネットフリックスとかYouTubeとかの配信プラットフォームができた。
 今インターネットを使うと、映像のエンコーディングとデコーディングは、ただで組み込まれている。本来はインターネットで映像を送って受け取るというコストは、コンテンツ側が負担するべきだが、実質的にはプラットフォームが負担している。コンテンツ側はコストの負担をあまり考えずに良いコンテンツを作り、サブスクモデルでビジネスをやる。そういうところと従来の放送局は競争しないといけない。それにどう取り組むかを考えていく必要がある。

 

―ネットが普及し、若者のテレビ離れが進んでいる現状をどう見るか

 学生と話していると、テレビドラマもネットフリックスのドラマも両方見ている。昔は共通の話題はテレビだけだったが、今は両方ある。一方ではテレビがない生活で十分という学生も多くなってきた。その世代が年齢を重ねていけば、テレビとネットの視聴バランスも更に変わるだろう。
 子供は正直で、コストパフォーマンスが良い方に動く。彼らの好奇心や、新しいことが大好きという思考を満足できる方向にシフトする。若者がどういうメディア生活を送っているかは重要な未来の方向性のガイドだ。若者がテレビの受信機を買ってないとすると、NHKがやろうとしているパソコンしか持っていない人もコンテンツを受けられるようにするルール改正は画期的だと言える。
 

―放送は終焉すると考えるか

終焉するとは思わない。変革や協調は起こるべきで、既に起こっていると思う。重要なのは、コンテンツクリエイションの発展と報道体制だと思う。また、この両方のミッションがより強い地域分散を進めるのも楽しみ。
一方ハード、すなわちインフラは、電波での送信と地上(や宇宙)でのコミュニケーションシステムの連携的発展には無限の可能性がある。
 

―放送の今後とネットの関係はどうあるべきか

良い番組を作って、どれだけ人が喜ぶかを競う、放送本来の健全なビジネスになっていけば、競争によって文化は発展する。また、災害が起こったときの報道の健全性や、権力に支配されず、表現の自由をどう担保するかなど、世界共通の大事な課題にも対応が必要だ。
日本はもともと良い作品を作ってきた。例えば、アメリカに黒澤明や小津安二郎の研究者がたくさんいるように、日本の作品は海外でも評価されている。しかし、それで儲かっているという話は聞かない。
 ただ、この先は、世界で売るためにどうすればいいのか、そのために、どういう体制が必要かを考える必要がある。韓国は、ドラマや音楽を世界で売ることをいわば国策でやっている。日本でもそういうことを考えなければいけない。
また、放送とインターネットの関係でいえば、例えばradikoは、うまくやっていると思う。地方の放送局が県境を飛び越えないようにしながらインターネットでラジオを聞ける。どこでラジオを聞いているかを調べ、それを付帯情報にして、県境を越えると聞こえないようなメカニズムを作った。それでも故郷のラジオが聞きたいといったときに金を払う。青森のラジオ局を聞くために金を払うと青森のラジオ局に金が入り、地元のCMを含めて楽しめるようになる。放送の地域の仕切りを疑似的に成立させておき、それでいてみんな楽しい、しかもラジオ放送局も儲かる。インターネットの時代に放送は、良いコンテンツが新たに創られ、成長し続ける新たな仕組みやビジネスモデルの工夫が必要だ。
 

―今後放送が生き残るには

放送が生き残っていくためには、良い番組を作るためにも、もっとデータの収集に熱を入れるべきだと思う。今までは誰がどう放送を見ているかを把握することが難しかったが、今はいろいろな形でできるようになった。インターネットで番組を放送したときに、途中で飽きたかとか、止めたとか、何度も見たとか、そういうデータを大量に集めて分析し、それを基に良い番組を作る。放送がインターネットの基盤も使うようになってきた時に、一番重要なのは、そういうマーケット分析が正確に行われることだと思う。
 基本的に私の思いは、この先放送が、そうしたマーケット分析をもとに、どれだけ良い番組を作っていけるか、そして、世界でどれだけその創造されたコンテンツで競争できるか、あるいは貢献できるかということだ。この二つは楽しみであり、放送の価値は大きいと思う。ただそのためには、これまでの放送と違う新しい力を持たなければならないし、そのための人材が必要になる。今作っている方、働いている方にそういう力をつけてもらう必要もあるかもしれない。
 インターネットの力を利用して、どれだけいいコンテンツを作れるか、マーケットを広げられるか、その取り組みを進めることができれば、放送が死ぬことはないと思う。
ブロードキャスト、電波、一方向、の放送と、双方向のインターネットでは役割が違う。また、コンテンツ制作と密着している放送の現場にはインターネットインフラにない、地域ベースのコンテンツの創造の大きな役割と責任がある。
このコンテンツは、これからは、足回りの放送とインターネットの双方を有効に利用して発展することを期待している。

この記事を書いた記者

アバター
kobayashi
主に行政と情報、通信関連の記事を担当しています。B級ホラーマニア。甘い物と辛い物が好き。あと酸っぱい物と塩辛い物も好きです。たまに苦い物も好みます。
是非、感想をお寄せください

本企画をご覧いただいた皆様からの
感想をお待ちしております!
下記メールアドレスまでお送りください。

インタビュー予定者

飯田豊、奥村倫弘、亀渕昭信、川端和治、小松純也、重延浩、宍戸常寿、鈴木おさむ、鈴木謙介、鈴木茂昭、鈴木秀美、 西土彰一郎、野崎圭一、旗本浩二、濱田純一、日笠昭彦、堀木卓也、村井純、吉田眞人ほか多数予定しております。
(敬称略:あいうえお順)