放送100年特別企画「放送ルネサンス」第18回
大阪大学名誉教授
鈴木 秀美 さん
鈴木秀美(すずき・ひでみ)氏。1959年9月生まれ。静岡県出身。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程(単位取得退学)。博士(法学)。北陸大学法学部、広島大学法学部、日本大学法学部、大阪大学大学院高等司法研究科を経て、現在、慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所教授。大阪大学名誉教授。放送倫理・番組向上機構「放送人権委員会」委員長代行、NHK「受信料制度等検討委員会」委員など。
鈴木 秀美さん インタビュー
Contents
―ご自身と放送との関わりについて
1959年に生まれて、まさにテレビ世代だった。物心ついたら家にテレビがあり、小学生のときはいつもテレビを見ながら宿題をやっていた。母親が「うちの娘はテレビを見ながら宿題をやっているけどいいでしょうか」と小学校の先生に聞いたことがあったが、先生が「お母さん、これからの子はそれくらいじゃなきゃだめですよ」って言ってくれたので、そのままテレビを見ながら宿題することを許された。ラジオも大好きで、野球も好きだったので、高校生のときは、勉強部屋でナイター中継や音楽番組を聞きながら宿題とか受験勉強をしていた。私の生活にテレビやラジオは欠かせないものだった。
高校生の社会科の授業で自分の興味があることを発表するという課題を出された。当時はマスメディア、特にテレビの社会に対する影響に興味があり、高校の図書館や家にあった本で、テレビが世論の形成に与える影響を自分なりに調べて発表した。その興味が後に研究者になって、メディア、特に放送法制の研究をすることに繋がっていったと思う。
大学に進学し、卒論のテーマは名誉棄損を選んだ。表現の自由と名誉権の衝突をどのように解決するかに興味があった。大学院に入ってから、さらにメディア法、特に報道の自由と法制度の関係を学んだ。新聞に関わる法制度や放送法に興味を持ち、奨学金で1987年から3年間、ドイツ留学した。ドイツにはそれまで公共放送しかなかったが、80年代後半に民間放送を導入して、日本で言うところの併存体制に移行していく時期で、そのあり方を巡って、二大政党が議論をしていた。政治的に戦い、さらには憲法裁判にもなっていた。ドイツは州に放送の権限があるので、州ごとに制度作りをすることができ、例えば公共放送を大事にする法制度ができると、民間放送擁護派の政党が憲法裁判を申し立てて、「この規制は憲法違反ではないか」といった感じで戦う。それがちょうど留学していた80年代後半で、放送判決と呼ばれる連邦憲法裁判所の判決が立て続けに出ていた時期だった。博士論文のための研究でそれを調べようと、州議会の資料を入手したり、研究者に話を聞くなど憲法裁判について研究し、それについて公表した論文をまとめて『放送の自由』という研究書を出版し、慶応大学の博士号を取得した。
―これまでの100年に対する評価を
放送は戦後の日本で私達が必要とするニュース、あるいは娯楽を提供する非常に重要な役割を果たしてきた。NHKに関して言えば、教育テレビ(Eテレ)でさらに多様な番組を提供していると評価している。問題点としては、放送法4条の番組編集準則をどのように解釈するかだ。私は、放送法4条を倫理的規定だと理解している。例えば、総務省は番組の中身について行政指導をすることがある。それはできるだけやらない方がいいと私は思っており、折に触れて発言してもいるが、当事者である放送事業者が、そこに対してはっきりと抵抗や批判を最近していないことに第三者としては不満に思うことがある。
私はBPOの青少年委員会の委員をしていたことがあり、ここ数年は放送人権委員会で委員長代行をしている。BPOには放送倫理検証委員会という2007年にできた委員会もある。2015年11月、放送倫理検証委員会は、NHKの「クローズアップ現代」について公表した意見の中で、NHKに対する総務省の行政指導や自民党による事情聴取を批判した。BPO放送倫理検証委員会が放送業界のための盾となって、放送による表現の自由を守るのはよいことだが、政治や行政の介入に対して、放送事業者が自ら戦う姿勢をもっと見せてもよいのではないかと思っている。
―若者のテレビ離れをどう考えるか
最近、学生では、とくに一人暮らしの場合、自宅にテレビがなくてもいいという人が少しずつ増えている。Huluとかネットフリックスその他のサブスクや、YouTube等の短くても面白い動画が提供される環境の中、若者がテレビに接する機会を増やすための工夫が必要だと感じている。
私のゼミ生は、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズムなどに興味があって、新聞社、テレビ局、広告代理店などに就職したいと思っている学生がほとんどだ。若者のテレビ離れが起こっているのはなぜか、それをどうしたらいいのか、ゼミ生たちも学生なりに考えている。なお、ラジオではradikoが利用されていて、お笑い好きの学生は関西のラジオ放送を聞いたりしている。ラジオの場合、聞いている学生と聞いていない学生で両極端だったりする。
大学生に関して言うと、授業以外にもサークル活動やアルバイトなど、スケジュールを聞くと一日中本当に忙しくしていて、テレビを見る時間的な余裕がない。それでも気になる番組はTVer等で、あるいは録画して後で見ている。高校生まではそれなりに自宅でテレビに接していると思うが、大学生は自分の時間をフルに費やしているので、テレビを見る時間はどうしても減ってきているようだ。
―放送はこの先生き残れるか
このままテレビを見ない人ばかりになると、放送が終わることになりかねないが、社会の中で個人として生きていくため、あるいは主権者、国民として政治判断をしていくためにも、テレビが提供する幅の広い情報は重要な役割を果たしている。テレビもラジオも周波数に限りがある。ラジオ局やテレビ局を開局できる事業者の数が限られているがゆえに、政治的に公平に、自分の意見だけでなく他の意見もちゃんと放送しなければならないということになっていて、それがメディアとして重要な役割の裏付けになっている。
インターネットが普及して、情報が玉石混交どころか偽情報の問題もある。放送、とくに公共放送による信頼性の高い情報発信は今まで以上に大事になってきている。
NHKが放送したニュースをインターネットで同時に、あるいは見逃しも含めて、見ることができるようになっていることは大事だと思っている。民放はビジネスが成り立たないとやっていけないとは思うが、民放が、ときにNHKを批判し、ときには協力し合ってこれまで併存体制でやってきたことには大きな意味がある。NHKは受信料で支えられているから、存続させるという政策がある限りはなくならない。これに対して、民放は、ビジネスとして成り立たなくなるとやっていけなくなる。放送だけでなく、インターネット配信や映画などの放送外収入について様々な工夫をして、頑張ってほしいと思っている。民放を含めてテレビ局の持っている力がこのままの形で生き残れるかどうか、見通すことは難しいが、時代の変化に対応しつつ、工夫をする体力はまだあると思う。日本の併存体制はそれぞれの努力で、生き残っていけると思うし、そうあってほしいと期待している。この先も放送に期待される役割は、信頼できる多様な情報発信であり、放送法と放送倫理の下、報道だけでなく、誰でも安心して見ることができる娯楽、教養や教育の放送による提供も重要だと思う。
―ネットの普及で放送は置き換わるか
日本は伝送路というか、地上波ならこれ、衛星放送ならこれというように、送る技術と提供するサービスがぴったりとくっついているイメージが強い。でも例えば、私が研究しているドイツは、ハードとソフトは分離して考えていて、機能的に放送はこう、というものはあるが、それを電波で送るか有線で送るかといったことは気にしない。
放送がこれまで果たしてきた放送法上の総合編成、報道、娯楽、教養、教育からなる編成で情報を出す意義は、これからもあると思う。例えばNHKが一切電波を使わず、有線で番組を提供するということになったとしても、サブスクで見たいものだけ見るのとは違って、総合編成の番組表があり、その番組表に従って多様な番組が提供されるというサービスはこれからも維持されるべきだと思っている。
ただし、放送の伝送路については、電波には電波のよいところがある。電波か有線かのどちらかだけにするのではなく、両方で放送ができるような制度設計が必要ではないかと思っている。
―今後の放送に対する提言など
総務省の番組内容に関する行政指導が行われたり、放送法の解釈に政治が口出ししたことが判明したときなど、放送業界は、公権力と戦う姿勢をもっと見せてほしい。2016年に高市総務大臣(当時)の放送法の政治的公平についての発言があったときや、2023年になって、安倍政権下で首相補佐官が総務省に放送法の政治的公平の解釈を見直すよう働きかけていたといった話が出たとき、テレビ局側がそれをあまり深刻な問題として扱っていないという印象を受けた。また、最近、選挙の前になると、何が選挙を通じて議論されるべき問題かということがテレビであまり取り上げられなくなっている。放送法の政治的公平の要求を意識し過ぎて、政策論争を取り上げることに消極的になっているのではないかと感じている。
インターネットの普及で、誰もが情報を発信することができ、あるいは多様な情報が得られるような状況でも、放送が果たしている役割は重要だし、今後ますます重要になっていくだろう。プロの放送人や放送局がこれまで蓄積しきた情報発信のノウハウを維持し、新しいメディアに対応しつつも、放送文化を維持し、発展させていくことを期待している。
―日本のメディア教育について
日本の学校教育では、メディアが社会に果たす役割について、例えば公共放送がなぜあるかについて教育がほとんどなされていない。自由で民主的な社会の維持のため、世論形成のために新聞や放送などのメディアが果たしている役割が大事だ、というシンプルなことを学校できちんと教えていないのではないか。それについての十分な知識があれば、放送に政治が余計な口出しするのはよくないことだということが共通のコンセンサスになるはずだ。
この記事を書いた記者
- 主に行政と情報、通信関連の記事を担当しています。B級ホラーマニア。甘い物と辛い物が好き。あと酸っぱい物と塩辛い物も好きです。たまに苦い物も好みます。
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(敬称略:あいうえお順)