放送100年特別企画「放送ルネサンス」第22回

大江 麻理子

テレビ東京報道局キャスター

大江 麻理子 さん

大江麻理子(おおえ・まりこ)氏。2001年、テレビ東京にアナウンサーとして入社。経済ニュース「WBS(ワールドビジネスサテライト )」、街の情報番組「出没!アド街ック天国」、街歩き番組「モヤモヤさまぁ~ず2」など、政治・経済報道番組からバラエティ番組まで幅広く担当。2013年ニューヨーク支局に赴任。日々のマーケット情報を現地から中継。2014年に帰国。報道局総合ニュースセンター所属。同年春から『WBS』のメインキャスターを務める。

大江 麻理子さん インタビュー

放送は信頼されチョイスされ続ける努力が必要

2024年12月2日

 

ご自身と放送の関わりについて

 子どもの頃は自由にテレビを見ることが禁じられていて、両親が留守の時にこっそりテレビを見る夕方が私にとってのゴールデンタイムだった。テレビへの渇望感から「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」などの時代劇を真剣に見ていた。親が帰ってくるとあわててテレビを消して、素知らぬふりをしていたのも良い思い出だ。
 中学3年生から学校の寮に入ったため、ほかの寮生たちと一緒に消灯時間までテレビを楽しんだ。特にドラマやスポーツ中継を見てみんなで盛り上がっていた。大人になって、そのテレビの世界に四半世紀も身を置き働けてきたことを本当に幸せだと感じている。
 

放送の世界に身を置くことになったきっかけは

 大学2年生の夏に中国語を学ぶため北京に滞在していた。1998年のことだ。そのときに北朝鮮がミサイルを発射し、日本の三陸沖に落下した。日本にいる家族に電話した友人が「北朝鮮が日本に向かってミサイルを撃ったらしい」と言うので心配してテレビをつけてみたが、中国ではどのチャンネルでも放送していなかった。しばらくして日本に帰国すると、まだ大騒ぎだった。
 そこで「ひとつの事象でも報道するかどうかは国によって違うのだな。そういえば、日本国内でも新聞によって論調が違う。一体誰がどんなふうにニュースを作っているのだろう」とニュースを作る側に興味を抱いた。
 

実際に放送局に入ってみて、どう感じたか

 興味を持っていた「誰がどんなふうにニュースを作っているか」を中に入って日々経験している。ニュースのバリューを判断し、どの順番でどんな切り口でお伝えするか。重大な責任を負っていると実感した。
 報道番組だけでなく、バラエティ番組の大切さも感じている。2011年の東日本大震災の後は、「モヤモヤさまぁ~ず2」という番組について視聴者の方々から手紙をいただいた。過酷な現実に直面するなかで、番組を見て「その時だけ久しぶりに何も考えずに笑うことができた」という内容が多かった。どんな番組がいつどんな風に誰の役に立つかわからない。だからこそやり甲斐があるのだと実感した。
 

放送にはそうした力があると

 前述した「モヤモヤさまぁ~ず2」は、DVDが出ていたのでそれを車中泊している時に見たという方もいらした。一度放送して終わりでなく、再放送したり、DVDを販売したり、最近ではネット配信をしたりと、見る機会や手段がいくつかあると、より多くの方にリーチすることができる。そのどれかで役に立つことができるなら、それもテレビの力なのだろう。
 

ただ、ネットメディアなどの登場でテレビの力は低下しているという見方もあるが

 確かに、これまでは娯楽といえばテレビ、情報源といえばテレビ、という方も多かった。しかし今ではユーチューブやネットフリックスなど、様々なメディアが登場し、テレビ画面には放送局が作ったコンテンツ以外のものも映し出されるようになっている。映像コンテンツだけでなく、ゲームやSNSなど様々な娯楽が世の中には溢れている。一人の人間の一日24時間をその様々な娯楽が奪い合っている状況だ。テレビのコンテンツ制作力が落ちたわけではないが、ほかに肩を並べるものと競争し、選ばれる存在にならなければ埋没してしまう時代になっている。
 私が担当している経済ニュース番組「WBS(ワールドビジネスサテライト)」でいえば、テレビ放送の反響は今でもかなり大きいが、テレビ放送だけでなくテレビ東京の経済動画配信サイト「テレ東BIZ」で配信もしている。テレビがネットという土俵に乗り込んで、そこで存在感を示す努力をする必要もあると感じている。
 

テレビ業界はこの先、厳しいという認識も広がっている

 それは人手不足の面で感じる。学生が憧れて、最初に選ぶ職業ではなくなってきている。きつくて汚くて危険な3K職業だというイメージが広がっていて、それがあながち間違っていない部分もあるので敬遠されているし、業界が斜陽だと思われている部分も否めない。
 ただ、オールドメディアだからダメなのだと自虐したり決めつけたりするのは違うと思う。
 テレビよりも古い歴史を持つラジオの世界では、人気番組が開催したイベントが大盛況でギネス記録が誕生したりするようなホットな状況もある。
 オールドかニューかではなく、どんな媒体であっても、ちゃんとファンの心を掴めるコンテンツ作りをしているかどうかが成功のカギを握っている。ずっと信頼されチョイスされる存在であり続ける努力をせずに、時代のせいにするのはよくないと思う。

 

ネット社会がここまで広がるなかで放送は選ばれることができるか

 可能だと思う。私は2013年から一年間NY支局へ赴任した。アメリカではケーブルテレビの契約をするのが主流で、ものすごい数のチャンネルに驚き、何を見ればよいのかと戸惑った。赴任してすぐに、ボストンマラソンで爆破テロ事件が発生した。様々なニュースチャンネルがあるが、中には不確かな情報を平気で流しているものもあり、がっかりした。
 そこで結局しっかり裏取りをして伝えていると感じるイギリスのBBC放送をアメリカに住んでいるのに選んで見ていた。「確かな情報を伝えて」というニーズは必ずある。テレビが確かな情報を伝えるプラットフォームだと信用されれば、選ばれるだろうし、それが何よりの強みになると思う。
 

「確かな情報を得たい」というニーズに今の放送は応えているか

 テレビ放送全体についてはわからないが、私の担当する番組について言えば、ここまでチェックするのかというほどの何重ものチェックをして正確な情報を伝える努力をしている。その最後のフィルターが伝え手であるキャスターだと考えているので、責任も重く感じている。
 テレビは適当な仕事をしている、または偏っている、と思われると、選ばれなくなるだけだ。そうならないよう事実関係をしっかり確認しながら地道な仕事を重ねていくことが大切なのではないか。
 

この先、放送はネットにとって代わられるという見方もあるが

 テレビ放送かネットかというよりも、今後はテレビとネットが溶け合っていくような状況になるのではないか。
 前述のボストンマラソンテロ事件では、ボストン警察が情報発表を当時のツイッターで行うことにしたため、テレビ中継ではリポーターたちが片手にスマホを持ち、「いま、ボストン警察がツイートしました!」と叫んでいた。
 何もテレビで伝えなくても、スマホを見ていれば分かるのにとその時は思ったが、誰もがボストン警察をフォローしているわけではない。より広い範囲に「ツイートがあったよ!」と叫ぶことも、マスメディアの役割なのだと考え直した。
 その後帰国した私は、トランプ政権時、毎日のように「トランプ大統領が先ほどこのようにツイートしました」と速報を伝えることになった。
 

放送がこの先も生き残るためには何が必要だと思うか

 速報性の面では、SNSなどが台頭してきたいま、テレビ・放送が優位性を保つのはなかなか難しい。ただ、起きたことがどんな意味を持つことなのか、より詳しく知りたいというニーズはあるのではないか。
 WBSでは、数年前に「これからは解説機能が重要になる」と考え、解説キャスターという役割を設けた。ニュースは点だが、その経緯や今後の展望についての解説をすると、理解が線になっていく。
 メディアが多様化しても、重要なのは創意工夫し魅力的なコンテンツを作る力。そのためにも、放送局では人材の育成が益々重要になってきているのではないか。テレビ局を飛び出す人もいるが、その人たちが色々な場所でコンテンツを作っていくのも、実はテレビのひとつの生き残りかただと思っている。

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(敬称略:あいうえお順)