放送100年特別企画「放送ルネサンス」第23回

青木 貴博

株式会社radiko代表取締役社長

青木 貴博 さん

青木 貴博(あおき・たかひろ)氏。1970年、東京都生まれ。1993年に大学卒業後、株式会社電通に入社。ラジオ領域の業務に従事し、2011年1月、株式会社radikoの設立と同時に出向。業務推進室長を経て、17年6月より代表取締役社長を務める。

青木 貴博さん インタビュー

放送とネットは補完しあい新たなメディアへ

2024年12月9日

 

まず、ご自身にとって放送の思い出や思いをお聞きしたい

 私が学生だった1970年代から80年代は、お茶の間に必ず1台、テレビが置かれていた。家族皆で番組を見て、皆で笑うという、まさに昭和の象徴であり、幸せの象徴としてテレビが存在していた。テレビはただ単に情報を伝えるだけでなく、家族のコミュニティを繋げ、絆を深める装置として機能していた。そういう意味で日本人にとってテレビが担った役割は非常に大きかった。
 私が特に好きだったのは、ビートたけしさんや「とんねるず」が出ていたお笑いバラエティ番組。自分の周りで見ていない人はいないんじゃないか、とさえ思えるほど人気が高かった。テレビが絶頂期で、最も輝いていた時代だったかもしれない。
 一方、ラジオはラジカセを買ってもらった中学生の頃から聞き始め、すぐにヘビーリスナーになり、深夜番組を欠かさず聞いていた。テレビとは違い、トークで人を笑わせることができるラジオというメディアに夢中になった。また、私たちの世代はFM放送を通じて洋楽の魅力を知った人が多かった。FMラジオ専門の雑誌には、どんな曲がいつ、どの放送局でかかるのかが掲載されていたので、それをチェックしてはテープに録音して楽しんだ。お笑いや音楽の魅力をたっぷり教えてもらったのは、本当にテレビとラジオのおかげだ。
 

テレビやラジオが我が国で果たしてきた役割をどのように考えるか

 日本は、大規模な自然災害から逃れられないが、災害発生時など、何かあったときの安心感に繋がるのは、やはりテレビとラジオから流れてくる情報ではないか。テレビやラジオがあるから安心して人々は生活できている面があるのは確かだと思う。
 また、ラジオはただ単に情報だけを流すだけでなく、人々に癒しも提供する。2011年3月11日に東日本大震災が発生した際、いくつかのラジオ局は被害情報を伝えるだけでなく、避難所にいる、特に子どもたちに向けて、彼らが喜ぶような童謡やアニメソングなどの音楽を流し続け、子どもたちを元気づけた。テレビは社会に必要な情報を確実に伝え、ラジオは音声メディアとしての役割をしっかり果たした。その放送で気持ちが救われたお子さんたちが沢山いたと聞いて私は感動した。そして放送の価値と役割が大きいことを改めて痛感した。
 

radikoが本サービスをスタートしたのは2010年の12月1日だった

 サービスが始まって3ヵ月後に東日本大震災が起きた。当時は東京と大阪の13局を配信していたが、全国でラジオが聞ける環境にしなければ、ということでエリアフリーにすることを決め、無料配信を1年間実施した。とにかく一人でも多くの人の役に立てば、という気持ちだった。その取り組みをきっかけとしてradikoというサービスを多くの方に知っていただけたし、災害時にラジオの有用性を感じていただけたのかなと思っている。
 

今、若者だけでなく、多くの人がテレビやラジオから離れているといわれている。それは放送の力が衰退したということか

 人が一日の間に使える時間は限られており、そこにプレーヤーが増えれば、おのずと分散化するのは必然だ。メディアの中では今、ユーザーの可処分時間を奪い合う争いが激化している。テレビを見る時間がなくなった、ラジオを聞く時間がなくなった、というと、放送の力が弱まったように見えるのかもしれないが、私個人はそうは考えていない。今までテレビやラジオに接触してきた時間に別の見たいもの、聞きたいものができたのなら、そちらを優先するのは当然だ。放送が衰退したというよりも、テレビやラジオに使っていた時間が漸減したということではないか
 では、放送局がやるべきことは何かというと、人々に選んでもらえるよう、コンテンツの質を高めることにつきる。テレビ局はネットフリックスやユーチューブと戦わなくてはいけないので大変だろうが、選ばれるためにより一層の企業努力が求められる。
 ちなみにradikoはその可処分時間の奪い合いには真っ向から挑まないことを宣言している。なぜなら、radikoはユーザーの生活時間に入れるから。歩きながらでも、ジョギングしながらでも、通勤・通学中でも、リスナーの様々な時間に寄り添うことができるので、可処分時間の奪い合いだけに身を置く必要はない。これが我々のサービスの個性であるし、そこを存在意義として、これからもよりよいサービスを追求していくことを表明している。

 

テレビに関しては昨今、コンプライアンスの順守が強く求められており、それが番組をつまらなくしている…という声も多い

 それは一因としてあるかもしれない。しかし、避けて通れない今の社会の動きでもあるので、そこを無視して、これまでのようなコンテンツを作ることは不可能だ。ただ、翻って考えてみれば、それは一般視聴者側の影響もあるのではないか。自分たちで自由を制限し、制作者がコンテンツを作りにくい状況を作ってきた。それは放送局のコンディションというより、社会全体のコンディションでもあると思う。この先、さらに社会が変われば、コンテンツ制作も変わっていくだろう。
 そこで、テレビ局ではできないことをネットでやろうと、ユーチューブチャンネルを開くタレントがどんどん出てきている。ネットには今、そういう規制がないから自由に作れる。しかし、規制がないにしても自分でやってしまったことは自分で責任を取らなければいけない。その意味では、ネットも同じではあるのだが…。
 

ラジオ局の経営は今、非常に厳しいと言われているが、打開策はあるか

 ラジオに関して言うと、家電量販店のラジオ受信機売り場は、残念ながら販売スペースがどんどん狭くなってきている。もちろん、まだ電波で聞いていらっしゃる人たちは数多くいると思うが、このままの状況では厳しい。経営の面で考えるとラジオ局は将来に向け、思いきった合理化が必要ではないか。例えば、放送局の中で最もお金が掛かっている放送設備については、ソフトウェア化、そして共通化の検討はマストであろう。これが実現すれば、極端な話、全国99局の民放ラジオ局のマスターを共同監視することも可能になる。大幅な経費削減に繋がるし、そのコスト削減から生み出されたお金を配信インフラや他の新しい施策や番組開発に投資することが可能だ。それも今の社会の流れである。技術革新によってさらに画期的なテクノロジーが生まれることに期待したい。
 

放送とネットの将来についてどのように考えているか

 ネットが放送に置き換わるという見解が一部であることは、私も最近よく聞くが、置き換える、置き換わるという話ではなく、放送とネットはお互いにそれぞれの強みがあるはずなので、両者の良いところを組み合わせて新しいメディアを作るとか、補完し合うサービスの開発を目指せばよいのではないか。放送とネットが長所を補い合えば、もっとすごいメディアができるはずだ。そういう意味では、radikoも放送とネットを融合させたサービスといえる。ユーザーはコンテンツをスマホアプリで聞くか、ラジオ受信機で聞くか、あまり意識していないのではないか。放送とネットは敵対するものではない。我々はラジオ業界と一心同体であり、ラジオ局とリスナーを繋ぐハブとしての役割をしっかり担っていかなければいけないと思っている。とにかく、テレビ局もラジオ局も元気になってほしいし、radikoはその一助になりたいと強く思っている。
 

radikoサービスの今後の展望と取り組みを聞きたい

 radikoでは先頃、放送から過去30日以内のラジオ番組を時間制限なしで何回でも聴取できる有料サービス「タイムフリー30」を始めた。今後はこれをもっと周知し、拡大していきたい。さらに将来は海外にいても日本のラジオをradikoで楽しめるよう、エリアフリーを広げていきたいと考えている。また、10~20代の若い世代にラジオの魅力を伝えるキャンペーンも積極的に取り組んでいく。
 

最後にこれからの放送に期待することは

 今、ネット上には、フェイクニュースや誤情報が溢れている。放送局が出す情報は間違いのない、本当に信頼できるものと信じている。テレビ局もラジオ局もそれは守り続けてくれていると思うが、生活者にとってそれが一番大切な放送の役割であるし、放送局以外には務まらない。放送局が出すコンテンツは信頼感が元々あるので、TVerから出そうが、radikoから出そうが、信頼感は担保されている。コンテンツや情報を受け取るデバイスは今後変化していくかもしれないが、コンテンツそのもののクオリティは変えてはいけない。
 最初に申し上げたが、災害が発生した時に放送が果たす役割はこれまでと変わらない。いざという時、そこに放送があるから人々は安心して生活できている。放送局の形は変わるかもしれないが、ラジオや音声コンテンツはこれからも続いていくと思う。我々も新たなサービスの開発を通してユーザーに有益なコンテンツを届けられるよう、努力していきたい。

この記事を書いた記者

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村上潤一
テレビ・ラジオの番組および会見記事、デジタル家電(オーディオ、PC、カメラ等)、アマチュア無線を担当
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