放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第32回

NHK元会長
松本正之 さん
松本正之(まつもと まさゆき)氏。1944年生まれ。1967年日本国有鉄道入社。1987年東海旅客鉄道㈱入社。2004年第3代代表取締役社長。2011年日本放送協会(NHK)会長。2014年公益財団法人JR東海生涯学習財団 理事長。2017年公益財団法人日本学生陸上競技連合会長(現職)、2020年公益社団法人日展理事(現職)、2024年東海旅客鉄道㈱参与(現職)。
松本正之さん インタビュー
Contents
―放送とご自身の関わりは
NHKの会長になる前は、一視聴者として、ニュースやスポーツ中継を多く見ていた。また、JR時代は、社長記者会見などで、情報を出す側としてテレビと接することも度々あり、大きな影響力があると実感していた。民放の番組審議委員長もやっていたこともあり、そこでは、民放の経営は、視聴率、番組スポンサーの獲得、制作コストの問題など、なかなか厳しいと感じた。
―その後、NHK会長となって感じたことや印象に残ったことは
放送と鉄道は、全く違うジャンルと思っていたが、実は非常に似ていると感じた。
例えば、放送は伝送路のネットと基地局を通じて電波を全ての家庭に届ける。鉄道もレールのネットと列車と駅を通じお客様を全国に送る。1年365日動き、メンテナンスも重要だ。
災害や事故などで停止すると大変なので、対策投資や訓練など油断はできないし、一方で電波は目に見えないが影響力は大きいので、鉄道と違う怖さも感じた。
運営面では、予算や決算、国会との関係、経営陣の選び方など旧国鉄(日本国有鉄道)と酷似していてあまり違和感はなかった。
2011年に会長となり、この間に東日本大震災への対応、地上放送の完全デジタル化、受信料の値下げなど、1期3年の間、各部門と議論しながら実施した。任期中、やるべきことをやれたのはその優れた人材集団のお陰と感謝している。
会長を務めて、最も強く感じたのは、放送にとって最も重要なのは、「視聴者からの信頼」ということだ。どんな取り組みを進めても「信頼」を失ってしまっては成り立ない。
このことは全ての企業や組織にとっても同じだが、とりわけNHKにとっては生命線だ。
―振り返って、今の放送の課題をどう見ているか
これからの課題も含めて言えば、一つは当然ながら、常に放送法の求める目的や使命を、正しく実現し、放送に対する「信頼」を更に向上させていくこと。二つ目には、インターネットの進展のなかで、放送が自らをどう成長させ、どう「経営基盤」をどう支えるかだと思う。
自分たちのテリトリーが侵食されると人は不安になり、人材が離れたりする。こういう時期だからこそ、放送に対する「信頼」と「経営基盤」をしっかりさせていかなければならない。
また、個別の問題ではコスト削減の影響だと思うが、放送時間を埋めるために再放送が多いことも気になる。
―放送全体で「放送離れ」が進んでいることをどう見ているか
技術革新が変化をもたらし、人のニーズや生活スタイルが変わることは常にあることだ。情報についても同じであり、放送離れもその現象である。だからといって、ユーザーは放送が不要だと言っているわけではない。
世代によってテレビとネットの時間の使い方の比重は異なるが、日本の各家庭にはテレビが現存するし、受動受信のニーズは将来とも無くならない。
ネット側から見ても、世代や生活パターンなどの必要性に応じて使い方を分けているのであり、またネットが放送の役割をすべて補えるかというと、それは体制やコスト面でも難しい。
近年、ネットの双方向性や手軽さが、フェイクやネット犯罪など深刻な社会問題を生み、警戒感が噴出、逆にネット離れも懸念される。
今後、規制強化や自助努力が進むだろうが、ネットの特性上、内容を全てコントロールすることは難しく、この問題は最終的に残っていくだろう。
これはネットのもつ弱点であり、逆に放送の持つ「信頼性」の機能が重要となる。
このような環境の下で、放送とネットの機能をそれぞれ使い分ける調和点に落ち着くことになるが、それは同時に、国民生活にとっても最良の姿でなくてはならない。
放送はその調和点と最良の姿を見すえて自らの役割を果たして行くべきだ。
―今後、放送はネットとどう向き合うべきか
放送は、ラジオから白黒テレビ、カラー、衛星放送、デジタル化などと進化を遂げてきた。放送はいわば独占市場の下で技術開発を進め、自らを改革してきたといえるが、そこに、ネットという別の情報ツールが登場し、ネットへのシフトが進んだことで危機感が生まれている。
今、放送が考えるべきことは、放送の持つ役割の中で、将来にわたって必要とされる機能は何か、あるいは放送にしか出来ない機能は何か、を見極めることだろう。そしてその自分の強さや機能に、技術開発と経営の選択と集中を図り、特化していくことが大切だ。
そしてネットと対抗するというより、放送の強さを生かし、ツールとしてネットをどう活用するかを考えることで、将来にわたって放送法の期待する役割と目的を果たし続けることではないか。
即ち、危機感のある時こそ改革・発展のチャンスであり、放送の強みを基盤に、あくまで自らの主体性の下で必要なネットの機能を生かしていくべきである。
―放送は、この先も生き残るか
放送には残るべき必要性とニーズがある。
まず、放送の持つ「信頼できる報道」や「思考や議論のための深い情報提供」あるいは「健全な民主主義の発展に寄与」などの役割は、日本の公共インフラとして必要なものである。
次に、放送による災害とか非常時の危機管理や、情報の信頼性などは、国民の安全安心にかかわる機能として欠かせないのであり、放送法に規定されるところである。
加えて、放送の持つ受動的な視聴を必要とする人のニーズは、将来においても無くならない。
例えば、家事をしながらの主婦や、児童、高齢者などにも切実なニーズがある。
また、放送の制作する充実したコンテンツやスポーツ中継などを、家庭の大画面で観たいという人も確実にいる。
更に、ネットによる情報提供の普及にともなって起きているフェイクニュースなどに対し、最後に正しいか正しくないかを検証できるのは、「信頼を基本」とする放送の役割であり、最後の砦として必要となる。
社会やユーザーにニーズのあるものは必ず残るのであり、したがって放送はなくならない。
しかしその際、どのように経営を成り立たせていくかという問題は常に残る。
―経営が厳しい中での今後の放送の在り方
NHKは受信料、民放は主に広告料で経営が支えられるが 、放送そのものの価値がそれに見合うものでなければならない。
従って放送は、常にユーザーの期待に応えて続けていく必要があり、その価値を維持発展させるためにもネットの機能も活用すべきである。
制度的な問題や体制、設備、コストなどいろいろ問題点はあると思われるが、ユーザーのニーズに応えることを基本にすれば次の時代の魅力ある放送の世界が開ける。
加えて、世の中が変わり技術の進んだ今日、これまでの放送の仕組みや常識、例えば県域放送、チャンネル数、放送時間、組織統合などにも、より効率的、実態的な姿はないのか、コスト面を含めて経営面での選択と集中が必要であろう。
「国民生活の公共インフラとしての放送の役割を維持し、その経営を成り立たせる。」
このことは放送側の立場だけでは出来ないこともあるので、そのために必要な制度設計など国のサポートも望まれる。
―NHKについて
NHKは、これまで戦後制定された放送法に基づき、求められる役割を果たしてきたと思うし、放送の普及や健全な民主主義の発達などにも寄与してきた。
そして、放送技術の発展・普及、放送機材など開発においても、日本の放送を常にリードしてきただけでなく、報道や番組制作でも優れた人材集団の組織だと思う。
個人的には、執行部門の権限が全て会長に集中している形はどうかと疑問を感じている。
現在のNHKの理事会は審議機関であり、執行の意思決定機関とはなっていないが、通常の企業の取締役会のように位置付ければよいのではないかと思う。
話は変わるが、NHKの発展には民放との二元体制も寄与している。
受信料で担保されるNHKと、自立という形で放送を維持している民放の間で競争や牽制が生まれ、切磋琢磨、お互いを活性化してきたし、放送のデジタル化は民放連との共同作業だったが、そこにはある種の友情と連帯感が生まれたように思う。
―NHKと「政治との距離」
NHKは視聴者との間で契約を結び、受信料をいただき放送法に定める放送を提供する義務を負っている。これが基本となる。
そして、視聴者・国民の代表者で構成される国会での同意を得て、総理大臣がNHKの経営委員を任命する。経営委員会は、執行者であるNHKの会長を選ぶとともに、経営上の重要事項を決定する。
そして会長以下執行部は、それらを前提に、放送法に基づき自律して放送事業を執行し、その執行については、受信料を含む予算や年度の決算など、国会でも審議される。
一連のこの仕組みは、三権分立と同様、NHKの放送の重要性からチェックアンドバランスを働かせるためのものと思われる。
従って、NHKには視聴者との関係のみでなく、国会を含め政府、政党、関係機関との緊張関係が生ずるが、これは制度の前提であり当然のことである。
その際、重要なことは、真実、不偏不党、自律など放送法に定める原点に立脚することであり、NHKの中の人がその心構えで常に対処していくことが重要だ。
―放送への期待は
今までの繰り返しになるが、放送は、社会の変化に対応し、自らも変化していくべきであり、前提として放送へのニーズや期待が常にあることを確信して取り組むべきだと思う。
ネットなどの情報ツールは、今や市民生活に無くてはならない存在であり、それが放送に入り込んできているのも事実である。今後、放送は、放送の持つ同時同報性や、強いインフラ、災害情報、信頼性の高い情報、質の高いコンテンツなどの強みを生かし、あくまでも放送が主体となって、ネットを取り込む気持ちで取り組んでほしい。そのことにより、将来にわたって放送法の目的を果たし続けることを期待している。
この記事を書いた記者
- 放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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(敬称略:あいうえお順)