放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第34回

濱崎 理佳

NECメディア統括部長

濱崎 理佳 さん

濱崎理佳(はまざき・りか)氏。1993年東京女子大学卒業。同年NECソフトウェア入社。放送系情報システムの開発に従事。2006年NECへ移籍。2008年通信・メディアソリューション事業本部メディア・エネルギーシステム事業部マネージャー。2018年放送・メディア事業部長代理(兼)パブリック品質推進本部(兼)サイバーセキュリティ戦略本部主席システム主幹。2022年パブリック品質推進統括部長。

濱崎 理佳さん インタビュー

放送は正しい情報を伝える重要インフラ

2025年4月7日

ご自身と放送との関わりについて

 学生時代、メディアに興味がありゼミの教授も放送局のOBだったので、卒業論文は衛星放送 (DBS、静止衛星を使ったラジオやテレビ番組の放送) を取り上げた。スピルオーバー(行政が放送免許で設定した放送対象地域外まで、放送局が放送電波を必要以上に送出してしまうこと)という言葉があるが、まだベルリンの壁が崩壊前で、社会主義国家だった当時の東ドイツに国境を越えて電波が流れ、西側の豊かな状況を見てしまうと東ドイツ国家の主張に説得力がなくなる。その国境を越える電波の流れが社会をどう変えていったかなどをまとめた。
 その後、放送局への就職を目指し会社説明会にも参加したが、あまりにも競争率が高く、採用までたどり着くことは無理だと考え、途中から当時注目を集めていたSE(システムエンジニア)に志望を変更し、NECに入社した。
 その後、NECが放送システムを開発製造していると知って希望を出したところ、めでたく配属されて放送業界に機器メーカーとして関わることになった。放送システムを担当した当初にテレビ局の副調整室に入れていただく機会があり、音声卓の操作やテイクボタンを押したり、カメラを振らせてもらったりなどして、たいへん感動した記憶がある。これまで放送系情報システムや品質管理、セキュリティ関連に携わり、現在はメディア事業全般を統括する立場にある。

 

放送開始から100年、これまで放送が果たしてきた役割をどう評価するか

 学生時代はテレビドラマやバラエティばかり見ていたが、親はニュースを見ていた。社会人になって、NHKは1時間待てば最新ニュースが見られるという点が改めてすごいことだと感動した。この週のこの曜日のこの時間にテレビを点けると、あの番組が流れていてこういった情報が得られるというわけで、知らず知らずテレビ番組を意識して外出時間などの生活スタイルが決まっていた。
 当時はトレンディドラマやファッション、グルメ関係は全部テレビから情報を得ていたと感じている。放送の役割を考えると、生活の一部であり、いちばん情報が入手できる手段だった。高度経済成長期にはテレビを持つことがステータスだったことからも、ここまで人々の生活水準を上げていくことに一役買っていたと思う。

 

今はそういう情報がインターネットからも取得できる

 私はネットの配信情報と、テレビで放送される内容は、本当の情報なのかどうかという信頼性で圧倒的に違うと思う。
 例えば、親や家族が病気で入院して手術するとなった時、ネットで病気のことを検索すると大量の情報が出てくるが、それがすべて正しいかどうかは微妙。しかし、テレビ番組での健康情報や最新治療を説明されると、こちらの方は事実とみる。視聴者は、放送されている番組内容をより信頼性の高い情報と捉えている。それだけ人々に与える影響は大きい。何と言っても正しい情報を伝えるメディアである点できちんと果たすべき役割がある。インターネットの情報は、正確にきちんと公平に捉えるよりは、人々の関心や注目を集めることに価値があるようになっている。
 ネットの偽・誤情報を見分ける力も必要な時代になった。われわれはITベンダーなので、放送設備も対応させていただいているが、放送設備に出している情報をネットと連動させることや、正しい情報なのかどうか判断するエンジンを予めシステムに組み込んで提供することも検討している。今はネット同時配信もあり、あるコンテンツを放送だけで流すのか、ネットで同時に配信するのかなど、コンテンツに合わせて発信形態を選んでいく時代と考える。

 

現在の放送の問題点や課題をどのように考えているか。その解決策は何か

 テレビメディア広告収入がどんどん減って、インターネット広告収入に逆転されている。
 よくいわれるが若者のテレビ離れの影響で、テレビの視聴時間が減っている。
 放送に接触している時間が減って、スマートフォンをずっと見ているとなると、文化の向上や教育教養の進展、産業経済の繁栄に寄与するといった放送の使命が薄れてきている面も否めない。最近は見逃し配信などいろいろなサービスを放送局も実施するようになっているが、そうは言っても〝放送は無くてもいい〟には決してならない。一例が災害報道。災害が起こるたびに、放送の価値が見直されている。やはり大きな地震が起こったら〝まずテレビを点けた〟という人は多い。情報の信頼性に関わることで、放送局の裏付けのある情報を見ている。そういう意味で放送の役割として大きなものがあるのではないか。放送は、いかに正しい情報をきちんと伝えていくかという意味で、利害に左右されるよりは、国民に対して正しく情報を伝える重要インフラであり続けると思う。
 広告収入の減少にも関連するが、放送局は設備投資を抑えるなど様々なコスト削減を進めている。放送局にとって業務をいかに効率化するかは喫緊の課題。ここでは総務省が「デジタル時代における放送制度のあり方に関する検討会」で、マスター設備のIP化やクラウド化、放送設備の共用化を掲げている。NECもマスターシステム集約化などを提案している。このほかBCP対策では、有事に被災していない放送局が被災した放送局をバックアップするためにデータセンターの活用やクラウド化が検討されている。放送は必要な情報を瞬時に伝達できる公共性の高い社会インフラであり、緊急災害時はもちろんのこと日頃から常に国民に対して情報を伝達できるよう、高い安全・信頼性が求められている。

 

 

放送は、この先も生き残れるのか。生き残るとすればこの先、情報社会で果たす役割とは何か

 日本は島国で山間部も多い。空中から電波が降ってきて、家庭のアンテナで受信するという〝あまねく全国において受信できる〟インフラであり、ほんとうに無くなってしまっていいのかという思いがある。放送は広範囲に伝達できる、上から電波が降ってくる方式ならば自分の周りに受信できる設備があれば情報を得ることができる。
 過疎地の光ネットワーク整備などを進めているが、提供地域であっても、インターネットやパソコンのような情報通信技術を使えない人を見捨てていいとはいえない。電波で放送する技術方式が全く無くなっていいとは思わない。
 今後はむしろすみ分けが進むのではないか。情報を即時に広範囲に伝達することに放送は長けている。ネットはレコメンド広告(特定のコンテンツなどを個々の顧客に推薦すること)など個人に向けたサービスが強み。それらを組み合わせて、個人やある世代への特化した情報発信などともっと連携していくことが必要ではないか。すでに放送コンテンツがスマートフォンやPCで見られていることからも違和感はない。基本情報はテレビで確認して、ネットではさらに詳しい情報を調べるとか、連動していくやり方はある。放送のコンテンツ自体は継続し、それをどういう形態で見るかはそれぞれの世代が選んでいくという意味では、テレビ離れが進むからといって放送が終焉するわけではないと思う。
 確かにインターネット空間への移行は進むが、ネットが全ての国民に享受できているわけではない。もし、完全ネット移行となったら、先ほどの高齢者らのデジタルデバイドの話が付いてまわる。深く掘り下げると、今までは信頼できる伝えたい情報があって、テレビにどの情報を流すかという考え方だった。
今後、重要な点はメディアに信頼できる伝えたい情報があって、その信頼できるコンテンツをどの伝送路で、どういう形態で、正確にあまねく国民に届けるかという考え方になるのではないかと思う。

 

放送コンテンツの国際化はどうか

 総務省は、放送コンテンツの海外展開の推進を謳っている。将来的には、ネット放送同時配信をベースにしたコンテンツの海外発信で国際化とか多様化が求められている。日本に関してはインバウンド需要が急激に増加している。コンテンツを海外に発信することで、日本の理解度を高めた海外観光客が多く来日すれば昨今のオーバーツーリズムの問題も解決するだろう。昨年、NECが発表した、AIアナウンサーを活用した番組制作の取り組みでは、AIアナウンサーが80ヵ国以上の言語に対応し、入力されたテキストに対して自然な形で口元を動かし、原稿を読み上げる。機械翻訳を活用することで日本語コンテンツとほぼ変わらない作業時間で番組を制作できる。

 

自身が関わってきた専門の立場から、今後の放送について意見を

 国内の放送産業が魅力ある市場として継続していってほしい。そのためにわれわれもその立場で放送事業の継続に向けて貢献していきたい。先ほどのBCPに関しては普段はクラウド上に温存しておき、使うときに立ち上げるといったやり方で負担軽減することも可能。更新時期が迫っているミニサテライト局の共同利用モデルの話も出ている。先ほどのコンテンツの番販をいかにビジネスにしていくかという話もある。様々なところでわれわれITベンダーがお手伝いする道はあると思う。

 

総務省は『放送ネットワークインフラに係るコスト負担を軽減し、コンテンツ制作に注力できる環境を整備していくことが課題』としている。中継局の共同利用型モデルの検討などを挙げているが、ここに対する考えは

 送信設備の更新や鉄塔を建てるという話でいうと、確かに地方局の経営体力は疲弊しており、いかにコスト削減につなげるか四苦八苦しているなかで共用という考えが出てきてもおかしくない。整備に関して放送局だけに任せるのではなく、国の重要インフラとして国レベルでの対策を考えてほしい。高速道路の整備は一部、国が負担してきた。放送波が通るところに関して放送事業者が自分たちのお金だけで鉄塔を建てるのかという話。国の政策として放送波による放送システムのインフラを守っていくような制度をしっかり作るべきと考える。将来的にはネットに置き換わることが頭の片隅にあるので、レガシーな放送波にお金をかけられるかという懸念はある。将来的にネットで光ファイバー網が発達してIP伝送が充実した頃に、従来型の放送波は、国のインフラとして小さくても残すべきで代替できないものだと政策として守り続けるのか、将来的に廃棄していいのか、関係者で議論を尽くしてほしいと思う。

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(敬称略:あいうえお順)