放送100年 特別企画「放送ルネサンス」第35回

学校法人追手門学院 理事
佐藤友美子 さん
佐藤友美子(さとう・ゆみこ) 1975年サントリー株式会社入社、1989年サントリー不易流行研究所設立メンバー、1998年部長。生活文化研究に従事。2008年(財)サントリー文化財団の上席研究フェロー。2013年追手門学院に。成熟社会研究所所長、追手門学院大学地域創造学部教授などを経て、現職。文部科学省中央教育審議会、環境省中央環境審議会委員、NHK経営委員等を務め、著書「成熟し、人はますます若くなる」(NTT出版、2008)、 共著に「つながりのコミュニティ」(岩波書店、2011)など。
佐藤友美子さん インタビュー
Contents
- 1 放送とのかかわりについて
- 2 放送100年、テレビの果たしてきた役割
- 3 現在の放送の課題は具体的にはどこにあると思うか
- 4 放送の影響力は明らかに低下しているということか
- 5 若者にテレビに接して貰おうと放送局もネットへの展開を進めているが
- 6 しかし、このままでは放送がネットに置き換わり、消えていく心配もある
- 7 しかし、現実にはネットの台頭もあって経営的には厳しくなることが予想され、特に地方の放送の経営をどうしていくのか難しい面もあると言われているが
- 8 ただ、経営の観点からは、どうしても売れる番組やネットで当たる番組が優先され、放送が偏っていくことは避けられないのでは
- 9 NHKの経営委員になってNHKについてどう思ったか
- 10 NHKの経営委員の経験から感じたことは
- 11 最後に改めて、今後の放送に期待すること
放送とのかかわりについて
2005年にNHK大阪局の番組審議委員になり、その後、大阪の毎日放送の番組審議委員、2015年からはNHKの経営委員・監査委員を6年間務め、その間、2010年からは「地方の時代映像祭」の審査委員をするなど、途切れることなく放送と関わってきた。
子供時代のテレビとの関りは、同じ世代の皆さんと同様に、テレビと共に育ってきたが、社会人になってからは、番組を自分で選んで見るようになった。家では夫がテレビ好きで起きている時はテレビが点いているが、私自身は仕事と家庭の両立の中で見る番組は限られている。社会の動きがわかるものや、リラックスして楽しめるものとして、「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」や大河ドラマ、「ポツンと一軒家」、「プレバト」。去年のNHKの朝ドラ「虎と翼」は、特に自分の社会人人生と重なる部分もあり興味深く見た。
放送100年、テレビの果たしてきた役割
NHKの経営委員になった際に、経営委員の一人から放送制度の策定、運用に深く関わった荘宏氏の「放送制度論のために」(日本放送出版協会、1963)という本を紹介され、放送法のそもそも論を学ばせてもらった。
放送を取り巻く環境は100年経って大きく変わった。しかし変えてはいけないものがある。放送の基本的目的である「健全な民主主義の発達」を実現するための「表現の自由」「政治的公平」「報道の真実」「多角的論点」である。放送の将来を語る時、このことを思い出し、守り、活かしていくことが、放送に対する信頼に繋がるのではないか。
そのために必要なのが、放送の本来担っている使命を反芻することである。毎日放送が2023年、社内の年齢や立場の違う人たちの侃々諤々の議論の末、64年ぶりに「放送基準」を一新した。放送の役割を自分事として捉え、あるべき姿を再確認し、日々の行動のよすがとする。こうした腹落ちするための活動のプロセスこそが重要だ。
現在の放送の課題は具体的にはどこにあると思うか
よく言われるように、かなりの人がテレビを見なくなったという現実がある。SNSに情報は溢れているが、真偽のほどが不明な情報も多い。若い人の中にはそのことを意識せずSNSからの情報で十分と思っているふしがある。闇バイトなどが横行する状況をみるにつけ、自分に都合のよい情報を鵜吞みにして、簡単に騙されてしまう危うさを感じる。放送に必要なのは、世の中の真実をしっかり報道し、警鐘を鳴らすこと。それができる媒体であり続けることだ。しかし、十分に機能しているかと言われると、忸怩たるものがある。
放送の影響力は明らかに低下しているということか
新聞を購読しないように、テレビを持っていない若い人も確実に増えている。そういう人にとってラテ欄は死語だろう。しかし話題になった番組はU-NEXTなどのサブスクで見ている。気になるドラマは録画して、まとめて倍速で見るなど、番組の視聴の仕方は様々だがそれなりには見られている。
NHK経営委員会では学生に意見を聞く「視聴者のみなさまと語る会」を継続的に実施しており、そこに参加している大学生のNHKに対する評価は概ね高く、期待もされていた。安心すると共に、大学生と日々接している教員として、それが若者一般の声というのとは少し違うようにも感じていた。
ネット環境が充実した今、どこにいても自分の好きな音楽や関心を持つジャンルの情報に満たされ、心地よく暮らすことができる。不特定多数を相手にする放送には関心がないというのも理解できないことではない。だからこそ、その状況を受け入れ、テレビに拘り過ぎず、様々な媒体を使い公共メディアとしての矜持を示して欲しい。
若者にテレビに接して貰おうと放送局もネットへの展開を進めているが
NHKでもインターネットでの同時配信や見逃し配信が利用できるようになり、2025年の10月からはネットでの配信が必須業務として認められ、受信料が発生するようになる。しかし、これで若者の視聴習慣が変わる、とまでは残念ながら言えないのではないか。番組をネットに展開すればよいという話ではなく、生放送とインターネット配信を組み合わせたNHKの若者向けの番組「#8月31日の夜に。」のような、若い人の課題に寄り添った新しい試みが必要になるだろう。
しかし、このままでは放送がネットに置き換わり、消えていく心配もある
放送とネットは出自が違う。新聞等とも違い免許制度で成り立っている放送は、公平に情報を届ける使命を課せられた公共の福祉を担う存在である。一方、ネットは素早く情報を得るのには有効だが、公平性や真偽のほどは常に疑ってかかる必要がある。もちろん、テレビ局や新聞社が運営するサイトも増え、私自身会員になり活用しているが、全てが公平公正な情報とは限らない。放送が提供する公平公正な情報の必要性は消えることはないと思う。
しかし、そのことが十分に理解されているわけではない。理解促進のためには、放送局がメディア・リテラシー教育に、色々な形で関わっていくことが必要だと考える。ドキュメンタリーや過去の番組などを教育現場での活用を促進することも必要であろう。そうすることで番組の価値も理解され、放送に対する信頼感も醸成できるのではないか。
しかし、現実にはネットの台頭もあって経営的には厳しくなることが予想され、特に地方の放送の経営をどうしていくのか難しい面もあると言われているが
たしかに、地方局で素晴らしいドキュメンタリー番組が制作されても、スポンサーがつかず、深夜にそっと放送されるだけ、という状況が長く続いた。しかし、近年は劇場版として新たな部分を加えるなどの工夫もあり、全国の映画館で公開されるケースも増えた。経営的にもプラスの効果を生んでいる。このように、地方のテレビ局という放送の枠に囚われず、全国を視野にいれることも必要だ。
生活に密着する地方局だからこその鋭い視点や、地域の人と近い関係だからこそできる映像は大切な資産である。一社で頑張るというだけでなく、地域の枠を超えた連携による広がりも期待したい。
ただ、経営の観点からは、どうしても売れる番組やネットで当たる番組が優先され、放送が偏っていくことは避けられないのでは
難しいところだが、お金をかけなくても、斬新な視点で、多くの人に愛されている番組は沢山ある。むしろ同じようなタレントが並んでいることに辟易としている人は多い。
ネットなどに展開する時に大事なのは、放送局が、しっかりと自分たちの放送基準を持っていること。そのためにも、目先の視聴率に右往左往するのではなく、なし崩し的にやるのではなく、ネット社会での放送の果たすべき役割は何か。放送100年を、しっかり議論する機会にしてもらいたい。
NHKの経営委員になってNHKについてどう思ったか
放送、特にNHKに託された「公平公正」「多くの角度からの論点を明らかにする」という意義に改めて気づき、受信料に対する批判にきっちり答えていく必要性を感じた。スクランブル化を言う方は多いが、それでは健全な民主主義の発達に資するという役割を十分果たせなくなる。SNSのフェイクニュースなどが横行する中で、NHKの役割は今まで以上に大きくなると思った。
一方で、私の任期の6年で、会長が2回交代した。NHKという組織の全ての権限を持つ会長によって方針が大きく変わるということがあった。会長の選任は経営委員の役目であるが、経営に対する責任という意味では忸怩たるものがあった。
NHKの経営委員の経験から感じたことは
私は経営委員と同時に監査委員も務めていたため、監査委員として、現場の皆さんと話す機会が比較的あり、内部の色々な問題を知ることができた。しかし、経営委員は、視察や勉強会は行われていたが、現場の人と直接対話する機会が多いとは言えない。
いま考えると、最高意思決定機関のメンバーである経営委員が、もっとNHKで働く人とNHKの課題について、意見交換する場があり、そのうえで、個々の委員が責任をもって経営判断にあたることができる形になることが望ましいと感じている。
最後に改めて、今後の放送に期待すること
1つは、社会の課題に切り込み、多様な意見を尊重しつつ、ありたい社会の実現に貢献するメディアとしての役割を期待したい。そのためにも、放送に関わる人は全員がジャーナリストであるという意識が必要。記者や制作だけでなく、放送局で経理や営業に関わる人も同じ意識であって欲しい。
2つ目は様々な情報が溢れる時代にあって、若い人たちが情報社会を生き抜くためにはメディア・リテラシーが必要である。テレビ局は番組を作って放映すれば終わりではなく、教育現場への番組の提供や教育的カリキュラムを作る等、積極に関わって欲しい。それは放送が生き残ることにも繋がると思う。
そして3つ目は、連携していくこと。放送局の経営は厳しくなるかもしれないが、地域からの発信は今まで以上に大事になる。放送局が連携し、災害報道で協力することやドキュメンタリー番組作りを学ぶ機会を共同で設けるなどすでに始まっている。期待され、信頼される番組作りのためにも、連携は欠かせない。
この記事を書いた記者
- 放送技術を中心に、ICTなども担当。以前は半導体系記者。なんちゃってキャンプが趣味で、競馬はたしなみ程度。
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