NICT、光格子時計を利用した高精度な時刻標準の生成に成功

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、電磁波研究所時空標準研究室において、光格子時計と水素メーザ原子時計を組み合わせた「光・マイクロ波ハイブリッド方式」を新たに開発し、光格子時計に基づく高精度な時刻信号の発生を世界で初めて半年間継続させることに成功したと発表した。「光・マイクロ波ハイブリッド方式」で生成した時刻信号は、世界の標準時である協定世界時よりも正確であり、国際度量衡局(BIPM)が世界中の原子時計データを利用して計算する最高精度の仮想時刻と比べて、ずれは半年で僅か12億分の1秒以下(0・79ナノ秒)だった。また、現在の日本標準時よりも1桁高い精度で時刻を生成できることが確認され、将来、秒の定義がセシウム時計から光格子時計に変更されても、新しい光による定義に基づいて時刻を維持できることも示された。  各国の標準時は、BIPMが生成する協定世界時を参照し、これと同期する形で生成・維持されている。NICTが生成する日本標準時は、協定世界時に対して常時ほぼ5000万分の1秒以内の時刻差を維持している。1秒の長さは、セシウム原子のマイクロ波遷移の周波数を91億9263万1770Hzとすることで決まり、現在、世界最高精度のセシウム時計は、正確な1秒間をプラスマイナス1・1×10のマイナス16乗秒の精度で実現できる。 一方で、NICTにおいて開発されたストロンチウム光格子時計は、セシウム時計を超える5×10のマイナス17乗の精度を保っており、この精度を時刻維持に利用することが期待される。 しかし、一般に装置が複雑な光時計は、長期にわたり無人で動作し、時刻を示し続けることは、まだ難しいのが現状だ。そのため、光時計に基づいて時を刻むことは、まだ実現していなかった。 今回NICTは、ストロンチウム光格子時計と従来のマイクロ波時計で無人運転可能な水素メーザ原子時計(水素メーザ)を組み合わせて、時刻信号を発生する新しい方式「光・マイクロ波ハイブリッド方式」を新たに開発し、光格子時計に1秒の基準を求める形で、時刻系信号を世界で初めて半年にわたって生成することに成功した。 この方式では、水素メーザを無人運転しておいた上で、限定的に1週間に1度3時間、光格子時計を有人運転して、水素メーザが刻む1秒が現在どれだけずれているかを測定する。さらに、過去の複数の測定値も考慮して、今後どの程度水素メーザがずれていくかを予測する。この光格子時計を利用して予測した調整値をあらかじめ設定しておくことで、光格子時計を基準とした極めて安定な時刻信号を生成することができた。 光格子時計と水素メーザによるハイブリッド方式で今回生成に成功した高精度な時刻信号(1秒の精度は5×10マイナス16乗秒以内)は、日本標準時(1秒の精度はおおむね5×10マイナス15乗秒以内)よりも高精度なため、日本標準時によって性能を評価することはできない。 そこでNICTは、BIPMが毎月または毎年、世界中の400台以上の原子時計のデータを計算機に入力して計算する二つの仮想的な時刻①協定世界時(毎月計算され、日本を含め各国標準時が基準としている実質的な世界標準時)②BIPM地球時(毎年1月に計算され、最大1年遅れてもより高精度な結果を必要とする科学者が利用)―と比較した。 その結果、今回生成した時刻系信号は、協定世界時に対しては半年で10億分の8秒程度ずれたものの、より高精度なBIPM地球時に対しては半年経過しても12億分の1秒以下のずれという、極めて正確なものでした。このことは、NICTが生成した信号は、協定世界時の刻む1秒のずれを明確に検出したことを意味している。 同時に、NICTが今回開発した光格子時計と水素メーザとの「光・マイクロ波ハイブリッド方式」での時刻信号が、世界中のマイクロ波時計の総力を結集して作成されたBIPM地球時と同程度またはそれ以上の性能を持つことが分かった。 近年、光周波数標準の進展は目覚ましく、国際度量衡委員会時間周波数諮問委員会では2026年に秒の定義を原子の光領域にある遷移周波数に変更することを検討している。光時計によって協定世界時を校正することは、秒の再定義のためのひとつの必須条件となっており、今回の成果は、この条件をクリアする有力な方法になる。 また、光時計を複数用意して、確実に週一回等の定期的な運用をできるようになれば、同方式を日本標準時にも適用可能となり、精度を1桁改善した、より正確な1秒を標準時として発生できるようになる。 今回の成果を受け、NICTはこの「光・マイクロ波ハイブリッド方式」の日本標準時への適用を目指し、実用化のプロセスを一歩一歩進めていく。 光格子時計は、近年、重力環境の変化を時計の進み方の変化として検出できることが示されつつあり、地下資源やマグマの移動を検出する等の応用が期待されている。この場合、利用する時計の進み方の変化をとらえるためには、基準となる「ずれない時刻」を常に得られる必要があり、社会基盤としての日本標準時は、一層精度を向上することで、この新しい役割を担うことをも見据えている。