新たな化学情報識別技術を開発 走化性を持つバクテリアを活用NICT

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と法政大学は、走化性を持つバクテリアを用いた化学情報識別技術を開発したと発表した。 単細胞のバクテリアも、化学物質をセンシングする能力を持っている。その中でも注目すべきものが、周囲の環境中に存在する多様な化学物質に応答して動きを変化させる走化性と呼ばれる性質だ。両者の研究グループでは、走化性を持つバクテリアのうち、多くの知見が蓄積されている大腸菌を光学顕微鏡システムで観察して走化性の変化を自動で高精度に数値化する方法を開発。数値化したデータを機械学習によって解析することで、大腸菌の〝振る舞い〟から周囲の化学情報を味見するように識別することに成功した。 将来的には、私たちを取り囲む様々な化学物質を識別し、それらが生き物や人に及ぼす影響を定量的に評価するケミカルバイオセンサーの開発につなげることが期待できる。 「味覚」や「嗅覚」は、生き物にとって食物が食べられるかどうかを判断し、私たちの生命活動を維持するために重要な役割を果たす「センシング」能力だ。 人の知覚に関わる情報通信技術は、これまで、「視覚」と「聴覚」の領域を中心に発展してきた。NICT未来ICT研究所の神戸フロンティア研究センターでは、バイオマテリアルを活用して、情報通信技術を味覚と嗅覚に代表されるような化学物質センシングの領域にまで広げる研究開発に取り組んでいる。 今回研究グループでは、大腸菌の持つ化学物質センシング能力と機械学習を組み合わせることで、新たな化学物質情報識別技術を開発し、将来的に「ケミカルバイオセンサー」が構築できることを次の4つのステップで見いだした。 ①べん毛モーターの回転の向きの計測=多くのバクテリアは、環境中の化学物質を認識し、バクテリアにとって好ましいもの(誘引物質)には集まり、好ましくないもの(忌避物質)からは離れる走化性という仕組みを持つ。これは、走化性を持つバクテリアが遊泳するための運動器官「べん毛」の根元にあるモーターの回転方向が、誘引物質の場合は反時計回り、忌避物質の場合は時計回りに回転する傾向が高くなるからだ。研究グループでは、走化性を持つバクテリアの代表として大腸菌を用い、べん毛モーターの回転の向きを効率よく正確に計測して定量化することに成功した。 ②化学物質ごとの大腸菌の動きを計測してデータベース化=次に、大腸菌に様々な化学物質を投与し、べん毛の回転の向きを計測。ここでは、一画面当たり100個レベルの大腸菌の集団から、時計回りの動きを示すものの割合を10分間にわたり自動的に追跡しデータベースを作った。 ③機械学習による化学物質識別方法の構築=次に行ったのは、与えた化学物質を推定する方法の構築。識別したい化学物質を大腸菌に与え、その時の大腸菌の動きを計測し、それが構築したデータベースのどのグラフに近いのかが分かれば、その化学物質が何であるかを識別することが可能だ。ここでは、構築したデータベースを基に、機械学習を用いて識別を行う方法を構築した。  ④検証=前のステップ③の識別方法により、様々な化学物質の識別を試みたところ、アミノ酸の水溶液のような単一物質溶液の識別に加え、様々な物質の混合物であるコーラの種類までも見分けることが可能だ。この結果は、「成分がよく分からない混合物溶液を識別する」という、まるで人が舌で味を見分けるように働くケミカルバイオセンサーが作れることを意味しているという。