
水害冠水時の避難の困難さをVR技術で再現
ゲームやエンターテインメント業界をはじめ、ビジネスや教育現場など様々な場所で活用されているVR(仮想現実)技術。メタバースなど様々な技術に派生、発展を繰り返しており、今やあらゆる場所でなくてはならない技術となっている。東京電機大学未来科学部情報メディア学科の研究グループでは、防災面への活用として、東京都足立区の足立区環境基金の研究助成を受け、VR技術を活用した洪水による冠水状況の再現ソフトウェアを開発し、冠水状況での避難の困難さを再現。研究指導を担当した高橋時市郎教授は「身近な場所を舞台とすることでインパクトを残せた。知っている場所だからこそ他人事ではなく、自分事として受け止めてもらえた」と手応えを感じている。
VRとは「Virtual Reality(バーチャルリアリティ)」の略で、日本語では仮想現実と訳される。人工的に作られた仮想空間を現実かのように体感させる技術で、一般的には専用のヘッドマウントディスプレイ等を装着して人間の五感を同時に刺激することで仮想空間への没入感を与える。類似した技術として、現実空間に映像やCGを合成することで、視界から得られる情報を文字通り拡張するAR(Augmented Reality、拡張現実)や、CGで人工的に作られた仮想世界と現実世界を融合させるMR(Mixed Reality、複合現実)、それぞれの技術を包括したXR(Cross Reality)などのほか、インターネット上の仮想空間そのものを指すメタバースがある。
国土の約7割を丘陵地とする日本では流れの速い河川が多く、大雨による洪水災害が後を絶たない。洪水災害では、一度でも道路が冠水した場合には、自力での避難が困難となる恐れがある。氾濫水の上昇速度は速く、都市部などの閉鎖した地域では特に速く水位が上昇するため、早期の避難は不可欠とされている。一方で、危険意識の低さから洪水災害発生時の避難率は低く、洪水氾濫が既に始まっているのに避難施設に移動しようとして被災する事例も増えている。
こうした集中豪雨による都市部での水害と事前避難率の低さという課題に向き合うために開発したソフトウェアは、足立区内の北千住駅から東京電機大学東京千住キャンパス近辺を3DCGモデルで再現し、付近にある荒川の氾濫を想定して街並みが浸水していく様子を再現した。実写映像から再現した街並みを題材に、道路冠水時に避難することの困難さをVR技術を通じて体験させることで、道路冠水時の避難における障害を「我が事」として認識してもらい、住民の防災意識向上を図ることを目指したという。
当時同大の学生だった比企野裕氏が発案し、足立区環境基金(令和2年度一般助成B「VR技術による都市部での冠水状況体験システムの研究開発」、令和4年度一般助成A「VR技術による都市部での冠水状況体験システムの実証実験」)からの助成を受けて開発と実証実験を実施した。
仮想空間で再現した同大学周辺の区域は、荒川と隅田川に挟まれた輪中のような地形であり、足立区のハザードマップによると、想定される浸水深は5㍍以上とされている。開発では、京都大学防災研究所の監修を受けながら、大学のアネックス正門前と駅前商店街、駅を横断するアンダーパスの3カ所を3DCGモデルで再現し、集中豪雨により浸水していく街並みを再現した。
基本機能として、冠水時の移動の可否判定機能や歩行速度の算出、濁水の表現機能や仮想フィールドの環境変更機能、浸水深の簡易体験機能などを実装。新型コロナウイルス感染拡大による開発休止なども余儀なくされたが、最終的には近隣住民参加型による体験会を実施。公募を経て参加した約20人にVR機器を装着してもらい、冠水状況での避難の困難さを体験してもらった。
参加者を対象としたアンケートのうち、「水害時には早期避難する必要があると思いましたか」に対しては5点満点中4・9点の高評価を得たほか、「水の流れはわかりやすかったですか」「冠水時に足下の状況が分かりづらいことが実感できましたか」といった質問に対しても概ね4点台後半の評価を得たという。一方で、システム上の移動速度と体感速度の不一致や、力覚提示機能の追加に伴う氾濫時の歩行バランスの悪さの再現といった課題も提示された。
開発経緯と実証実験の結果等をまとめた論文「洪水による冠水状況のVR体験システムの開発」は、映像情報メディア学会誌に招待論文として掲載された。
研究成果の一部は付属高校の生徒らにも引き継がれた。生徒らは研究員らの指導を受けながら校舎を舞台に津波が押し寄せる様子をVR技術で体験できるソフトウェアを開発。経緯をまとめた論文「VRを用いた津波浸水避難体験システムの開発」は「映像表現・芸術科学フォーラム2024」で企業賞を獲得するなど評価を得たという。
同大ではVR等の仮想空間技術を生かして、このほかにあおり運転を再現したドライビングシミュレータや、AR気管吸引技術習得支援システムの開発等も進めている。
高橋教授は元々コンピュータグラフィックス(CG)の研究をしていたが、10年ほど前からVRをはじめとする仮想現実の研究を重点化したという。高橋教授は防災面での活用の意義について、「社会的な不安が高まる中で、うまくシステムを活用して解消に取り組む必要がある。心の奥底にある『危険』という思いを少しずつ解消していくことが役割。地震等と比べて浸水への不安はあまり注意されていない。一度でも体験することで状況を理解できるのでIT技術を導入する価値はある。自分の町を舞台に町内の共通の話題として防災意識を高めてもらうことが重要」と話していた。
この記事を書いた記者
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